Web音遊人(みゅーじん)

フランスから世界に飛翔するふたりのチェンバリスト

チェンバロの大好きな私がいまもっとも注目しているのが、才能豊かなフランスのふたりのチェンバリストである。

まず、ジャン・ロンドー(写真上左)から。彼は2012年、弱冠21歳でブルージュ国際古楽コンクールのチェンバロ部門で優勝の栄冠に輝き、いまや欧米各地で引っ張りだこの人気演奏家である。ロンドーの演奏は伝統を重視した正統的なものだが、その奥に革新性と斬新さを秘め、絶妙のバランスが各地の古楽ファンの心をとりこに。バロックはもちろん、クラシック、ジャズ、即興演奏まで幅広い音楽を得意とする個性派で、レコーディングにも積極的に取り組んでいる。

ジャン・ロンドーは1991年フランス生まれ。その演奏は熟成し、細部までこまやかな神経が張り巡らされ、1音たりとも気が抜けない集中力に富んだもので、J.S.バッハ、ラモー、スカルラッティのアルバムを次々にリリースして才能を遺憾なく発揮してきたが、新たに登場したのは、『バリケード~ルイ14&15世時代のヴェルサイユの音楽』。親しい友人のリュート奏者、トーマス・ダンフォードとのデュエットで、クープラン、マレ、ラモー、ダングルベール、シャルパンティエなどの作品が心憎いまでに息の合ったデュオによって奏でられ、聴き手の心の内奥に浸透してくる。

演奏家は新しい作品を学ぶときにはさまざまな録音に耳を傾ける人が多いが、ロンドーは来日時のインタビューで、「他人の演奏はいっさい聴かない」と明言した。
「人間は弱いもので、少なからず影響を受けてしまうからです。僕は5歳でラジオから流れてきたチェンバロの音に魅せられてすぐにこの楽器を始め、以来自分の道は自分で決めてきました。音楽はその人の生きざまを映し出すもの。僕の音楽は僕自身の生き方そのものなんです。それを磨き抜いて、作品の偉大さを伝えたいのです」

『バリケード』には、まさにロンドーが練りに練った作品群が並び、ひとつひとつの音にもこまやかな神経が息づき、しかもリュートとの音の対話がすこぶる雄弁である。

もうひとり、フランスとアメリカの血を引く新進チェンバリスト、ジュスタン・テイラー(写真上右)にも注目している。ロンドーに次いで2015年ブルージュ国際古楽コンクール・チェンバロ部門において優勝に輝き、17年にはロワール国際古楽コンクールの覇者ともなっている。

テイラーの日本デビュー公演は、2021年1月13日東京・王子ホールで開催された。プログラムはJ.S.バッハの『ゴルトベルク変奏曲』。使用楽器はヤン・カルスピーク製作(2000年)のジャーマンモデル、2段鍵盤。テイラーは上下の鍵盤やリュートストップなどを見事に使い分け、清らかに流れる水のごとくナチュラルな演奏を披露した。

印象的だったのは装飾音の絶妙な加え方。バッハの作品は同じ旋律の繰り返しなどに装飾音を入れる奏者が多く、それが演奏の個性にもつながるわけだが、その加減は非常に難しい。だが、テイラーはごく自然な形で随所に装飾音を配し、それが演奏に高貴な光をプラスし、新鮮なリズムを生み出した。
さらに驚きをもたらしたのは、最後のアリアが登場する箇所ではまったく装飾音を入れず素のままで勝負したこと。それまで30の変奏が幾重にも変容し、装飾音の創意工夫に耳がとらわれていたのに、最後にまったく異なる表情を見せたのである。なんというコントラストの見事さ。彼は終始、実に楽しそうに演奏し、バッハの大曲を遊び心をもって奏でていたが、最後は静謐な空気をまとい、余韻を残して幕を閉じた。

いやあ、新世代のチェンバリストの出現に脱帽しました!
最新の録音は『CONTINUUM スカルラッティとリゲティ』。時代も場所も異なるスカルラッティとリゲティの作品の共通項を見出し、テイラー独自のアプローチを試みた意欲作で、これも新世代チェンバリストならではだ。

■インフォメーション

アルバム『バリケード~ルイ14&15世時代のヴェルサイユの音楽』

発売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2020年5月29日
価格:1,980円(税込)
詳細はこちら

アルバム『CONTINUUM スカルラッティとリゲティ』

発売元:ナクソス・ジャパン
発売日:2018年07月26日
価格:2,629円(税込)
詳細はこちら

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

特集

矢野顕子

今月の音遊人

今月の音遊人:矢野顕子さん 「わたしにとって音は遊びであり、仕事であり、趣味でもあるんです」

8304views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#013 レジェンドたちが未来を託した奇跡的セッションの記録~チャーリー・パーカー『ジャズ・アット・マッセイ・ホール』編

2414views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

47374views

バイオリン

楽器のあれこれQ&A

アコースティックからサイレント、エレクトリックまで多彩なバイオリンを楽しもう!

946views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

14853views

オトノ仕事人

大好きな音楽を自由な発想で探求し、確かな技術を磨き続ける/ピアニストYouTuberの仕事

50997views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

21810views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7921views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11673views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

7958views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5574views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11860views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

10530views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

21826views

MC5

音楽ライターの眼

ウェイン・クレイマーに捧ぐ。あらゆるハード・ロックとパンクの始祖MC5へのトリビュート・アルバム発表

5230views

打楽器の即興演奏を楽しむドラムサークルの普及に努める/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

オトノ仕事人

一期一会の音楽を生み出すガイド役/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

16952views

IMOZ

われら音遊人

われら音遊人:そろイモそろってイモっぽい?初心者だって磨けば光る!

2174views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

やさしい指使いと豊かな音色を両立させた、「分岐管」と「蛇行管」

1views

秋田ミルハス

ホール自慢を聞きましょう

“秋田”の魅力が満載/あきた芸術劇場ミルハス

7884views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5445views

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンの取り扱いについて

楽器のあれこれQ&A

引っ越しのシーズン、電子ピアノやエレクトーンを安心して運ぶには?

128669views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7921views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11860views