Web音遊人(みゅーじん)

MC5

ウェイン・クレイマーに捧ぐ。あらゆるハード・ロックとパンクの始祖MC5へのトリビュート・アルバム発表

あらゆるハード・ロック、あらゆるパンクはここから始まった。MC5は大音量のサウンドで時代の扉をブチ破ったロック・バンドだ。

1963年に結成、自動車産業で知られるデトロイトのシーンを荒らしまわったMC5(“モーター・シティ”の5人組の意味)への声援は全米へと広がっていく。ハードでヘヴィなサウンド、ドラッグ・カルチャー、ビート・ポエトリーやブラック・パワー、反ベトナム戦争を主張するメッセージ性などによって、彼らはカウンターカルチャーの旗手となっていった。

時代を超えた名盤『キック・アウト・ザ・ジャムズ』

彼らはシングルを数枚リリースした後、メジャー・レコード会社の“エレクトラ・レコーズ”と契約。1969年2月にファースト・アルバム『キック・アウト・ザ・ジャムズ』を発表する。バンドのライヴ・パフォーマンスの狂乱と熱気をありったけ叩き込んだこのアルバムは時代を超えた名盤として聴き継がれる。激音に乗せた裏声に近いファルセットが混沌を生み出す『ランブリン・ローズ』、メジャーからのリリースで初めて放送禁止用語をイントロにフィーチュアした破壊力漲る『キック・アウト・ザ・ジャムズ』、すべてを薙ぎ倒す『ロケット・リデューサーNo.62』、スペーシーでフリーキーな『スターシップ』まで、全編レッドゾーンを超え続けるテンションの高さが尋常ではない。

彼らは『バック・イン・ザ・USA』(1970)『ハイ・タイム』(1971)という2枚のスタジオ・アルバムを発表するが、1972年に解散。その後、何度かMC5という名義が復活されたものの、伝説の黄金ラインアップが揃うことはなかった。ロブ・タイナー(ヴォーカル)は1991年、フレッド“ソニック”スミス(ギター)は1994年、マイケル・デイヴィス(ベース)は2012年に亡くなっている。そしてMC5の魂を受け継いできたウェイン・クレイマー(ギター)が2024年2月2日、75歳で亡くなったというニュースは、世界を悲しみに叩き込んだ。

豪華で不思議なトリビュート

海外でリリースされた『Call Me Animal: A Tribute To The MC5』は、MC5の偉大な音楽とその軌跡に捧げるトリビュート・アルバムだ。

ウェインが亡くなる数年前から構想が練られてきたという本作を企画したのはジョーセファスことジョーイ・キリングスワース。メンフィスで活動するミュージシャンでプロデューサーの彼はジョーセファス&ザ・ジョージ・ジョーンズタウン・マサカーを率いて活動してきた。このバンドはオリジナル作と並行して、敬愛するアーティスト達へのトリビュート・アルバムを発表。2016年にはブラック・オーク・アーカンソー、2017年にはジョニー・キャッシュ、2021年にはナザレスに捧げるトリビュート作が発表され、今回はシリーズ最新作となる。

ジョーセファス&ザ・ジョージ・ジョーンズタウン・マサカーがベーシック・トラックを演奏、ゲスト陣が加わるという構成は過去作と同様だが、これまで参加してきた面々に加えて、プロジェクトに共鳴した多彩なミュージシャンが新たに合流。サプライズ対決を交えながらMC5の音楽へのセレブレーションを行っている。

1曲目『ランブリン・ローズ』からシェリー・カリー(ランナウェイズ)+J.マスキス(ダイナソーJr.)+マイク・ワット(ミニットメン)という豪華な、それでいて一種不思議な顔合わせが実現。筋肉超人ジョン・マイクル・ソー+クリス・ホームズ(元W.A.S.P.)のモンスター対決、ジェフ・クレイトン(アンチシーン)+ライター・サイス(ナッシュヴィル・プッシー)の極悪ロックンロール対決、キース・モリス(サークル・ジャークス)+ザル・クレミンスン(センセーショナル・アレックス・ハーヴェイ・バンド)の英米コンビなど異色のコラボレーションは想像を超える結果を生んでいる。

さらに1960年代のデトロイトを知るアリス・クーパーからJ.G.サールウェル(ジム・フィータス)、リディア・ランチ、バットホール・サーファーズのジェフ・ピンカス&ポール・レアリーなども参加。一見するとバラバラな顔ぶれのようにも見えるが、いずれも源流を突き詰めるとMC5にぶち当たる、その影響力を思い知らされるのがこのアルバムなのだ。

なお生前のウェイン・クレイマー自身も参加、『ヒューマン・ビーイング・ローンモワー』をジェロ・ビアフラ(デッド・ケネディーズ)と共演している。

オリジナルがベーシックなロックのため、各ミュージシャンのパーソナリティが露わになるのがMC5の音楽だ。大きくアレンジを変えてもいないのにまったく異なって聴こえるのも興味深く、新たな発見があることに心地よい驚きをおぼえる。さらに全員がMC5を愛しており、プレイすることを心から楽しんでいることが伝わってくる。

『キック・アウト・ザ・ジャムズ』発表から55年。MC5の音楽と魅力を次なる世界に受け継いでいくのが『Call Me Animal』だ。

■アルバム『Call Me Animal: A Tribute To The MC5』

Call Me Animal: A Tribute To The MC5

発売元:Saustex Records

詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

五嶋みどり

今月の音遊人

今月の音遊人:五嶋みどりさん「私にとって音楽とは、常に真摯に向き合うものです」

20147views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#048 モダン・ジャズの象徴的なスタイルを継承するための確信犯的序章~キース・ジャレット・トリオ『スタンダーズVol.1/Vol.2』編

1523views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

スタイリッシュで斬新なデザイン。思わず吹いてみたくなるカジュアル管楽器「Venova(ヴェノーヴァ)」の誕生

11474views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

62011views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

13534views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

楽器のデモンストレーション、解説、管理までをこなすマルチプレイヤー/楽器博物館の学芸員の仕事(前編)

13253views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

11273views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

4118views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

26371views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2796views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

5399views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11744views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

21256views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

15484views

大萩康司 瀧本実里

音楽ライターの眼

注目の実力派2人の初共演が実現!ギターとフルートが織りなす至福のひとときを堪能!!/大萩康司&瀧本実里 デュオ・コンサート

884views

カッティング・エンジニア

オトノ仕事人

レコードの生命線である音溝を刻む専門家/カッティング・エンジニアの仕事

8121views

IMOZ

われら音遊人

われら音遊人:そろイモそろってイモっぽい?初心者だって磨けば光る!

2105views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカで音楽好きの子どもを育てる

15338views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

4575views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

9349views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

12645views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4415views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11744views