Web音遊人(みゅーじん)

連載37[ジャズ事始め]留学先から“アメリカならではのジャズ”を持ち帰らなかった佐藤允彦が示したものとは?

佐藤允彦が丸2年の留学を終えて帰国したのは、1968年8月。

その翌年にリリースしたアルバム『パラジウム』は、ジャズ専門誌から賞を授与されるなど、“アメリカ帰り”の彼に対する期待の大きさと注目度の高さを示すに足る評価を得た。

『パラジウム』の収録メンバーは、ベースの荒川康男とドラムスの富樫雅彦。

荒川は佐藤より2年年長で、1年先にバークリー音楽大学へ入学し、ほぼ同時期に帰国した“留学組”。

富樫は1年年長で、1960年代初頭から日本のフリー・ジャズ・シーンを牽引する存在として脚光を浴びていたが、1969年は“実験的音響空間集団ESSG”を立ち上げ、彼の経歴のなかでもひときわ重要な年とされる。それを象徴する作品として『パラジウム』も挙げられている。

『パラジウム』は、1曲目『オープニング』がリズムもメロディもない30秒に満たない短さで“フリー”の雰囲気を強く意識させるものの、2曲目はビートルズ・ナンバー『ミッシェル』を取り上げていたり、タイトル・チューン『パラジウム』も荒川の4ビート・ベースが全編に敷かれるなど、“新しい世界に向かって突っ走る”というよりは、従来のビバップ的な規範から逸脱しながらもそれらを融合する“調整力”の重要さを示そうとした作品のように感じる。

佐藤允彦のそうした“役割”に対する論考は、『パラジウム』をレコーディングした直後に宮間利之&ニューハードと共演した『パースペクティヴ』によっても証明される。

『パースペクティヴ』では、ピアニストとしてだけでなく、作曲と編曲でも参加。1960年代の日本で人気・実力ともに1、2位を争う存在だったこのビッグバンドからのオファーは、“その実力を認めたうえでの起用”でなければ実現しえない企画だと考えられるからだ。

つまり、“一歩先を進んで演奏するお手本”ではなく、“最先端を知りながら立ち止まってアメリカ(アフリカン・アメリカン)ではない日本のジャズを考えてくれる存在”という、日本の多くが求めていただろうニーズを反映できる、器用さと技量を持ち合わせていたのが佐藤允彦だったから──というわけだ。

ちなみに、アルバム『パラジウム』では収録曲『スクローリン』、アルバム『パースペクティヴ』では収録曲『直立猿人』が“推し曲”だ。前者ではロック・ジャズと呼ばれるようになる1970年代の8ビートを先取りしたような疾走感を、後者ではチャールズ・ミンガスのオリジナルに漂うアフリカンなテイストを排したアレンジの妙を、それぞれ味わっていただきたい。

次回は、佐藤允彦がビバップやフリーに接する際の所感を記した文章を拾いながら、論考を進めたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人:新妻聖子さん「セリーヌ・ディオンの歌声を聴いたとき、私がなりたいのはこれだ!と確信しました」

今月の音遊人

今月の音遊人:新妻聖子さん「あの歌声を聴いたとき、私がなりたいのはこれだ!と確信しました」

20960views

ルッカの生家前にあるプッチーニの像

音楽ライターの眼

フィギュア・スケートの選手たちに愛されるプッチーニの『トゥーランドット』 vol.1

34441views

マーチング

楽器探訪 Anothertake

見て、聴いて、楽しいマーチング

16594views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

14273views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

10349views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

16059views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

20268views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8027views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

24613views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

10358views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5207views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10831views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8944views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8940views

バッハにオマージュを捧げる弦楽器奏者たちの味わい深い録音

音楽ライターの眼

バッハにオマージュを捧げる弦楽器奏者たちの味わい深い録音、おすすめのアルバム5枚

5815views

アカネキカク akaneさん

オトノ仕事人

楽曲のイメージをもとに、ダンスの振りを考え、演出をする/振付師の仕事

3003views

ONLYesterday

われら音遊人

われら音遊人:愛するカーペンターズをプレイヤーとして再現

1486views

楽器探訪 Anothertake

ナチュラルな響きと多彩な機能で電子ドラムの可能性を広げる、新たなフラッグシップモデルDTX10/DTX8シリーズ

5069views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

12743views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7455views

エレキギター

楽器のあれこれQ&A

エレキギターのサウンドメイクについて教えて!

1813views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3565views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10831views