Web音遊人(みゅーじん)

連載38[ジャズ事始め]佐藤允彦が東欧で体験した大衆的ジャズとフリー・インプロヴァイズの曖昧な関係

1992年10月前半の18日間、佐藤允彦は“TON-KLAMI”の一員として、リトアニア~ラトヴィア~ロシアを巡るコンサート・ツアーに出た。

“TON-KLAMI”は、姜泰煥(カン・テファン、韓国を代表するサックス奏者で、1978年に結成した彼のトリオは韓国初のフリー・ジャズ・ユニットとして歴史に名を残している)と高田みどり(打楽器奏者として世界のアヴァンギャルド・シーンを牽引する存在)を擁した“フリー・インプロヴァイズ・トリオ”。

ちなみに、“トン・クラミ”とは韓国語で“環”、またドイツ語で“TON”は“音”、発音の近い“KLAMME”は“欠乏した”の意で、そのココロは“貧乏な音(=売れないバンドの意)”とした、髙田みどりによる命名だったとか。

1991年にソビエト連邦からの独立を果たしたリトアニアでは、ソ連政府による経済制裁という“いじめ”を受けて、極度のエネルギー不足に悩まされることになる。その真っ只中で強行されたのが、この“TON-KLAMI”によるツアーだった。

コンサート会場となっていた丘の上のホールまで、フロント・ガラスに大きなひびの入ったマイクロバスで運ばれた佐藤允彦たちは、そこをめざして集まってくるリトアニアの人たちの姿を見て驚いたと記している。

「皆質素なコートの下は男女を問わず思い切り着飾っている。まるでオペラかシンフォニーのガラ・コンサートのようだ。これが街灯も給湯も節約している国の人々だろうか、とわが目を疑った」(引用:佐藤允彦『すっかり丸くおなりになって…』1997年、メーザー・ハウス刊)

ドレスアップした観客に、ヨーロッパにおける音楽文化への畏敬や、旧東側の抑圧と解放といった学術的感想を残すだけならよかったのだけれど、佐藤允彦の脳裏に浮かんだのは、「ジャズのスタンダード・ナンバーをピックアップしてお上品に演奏したほうがいいのではないか?」という“バンドマン根性から発する忖度”だった。

つまり、こんなにまでこのコンサートを楽しみにしてくれている観客に、「多くの人が受け容れるはずのない音楽」であるフリー・ジャズを披露するのがためらわれてしまったというのだ。

が、もちろん、この3名がスタンダード・ナンバーをキレイに演奏してお茶を濁すはずもなく、このトリオでしか出すことのできないフリー・インプロヴァイズを遠慮会釈なしに観衆へと放つことになる。しかし、想像に反してコンサートは好評のうちに終演となった。

フリー・ジャズの許容度に関する国民性はひとまず置いておくとして、このエピソードで興味深かったのは、その後の話。

フリー・ジャズがこれらの地で(日本のように)辟易とされず受け容れられることがわかったのはいいとして、そのうえで、“TON-KLAMI”を“ジャズ・グループ”と紹介し、そう認識している現地の人たちに、疑問を抱くようになったというのだ。

とうとう彼は、ラトヴィアの首都リガへ移動して新聞記者のインタヴューを受けているときに、思わず「あなたがたは“ジャズ”という語をどういう意味で使っているのか」と逆質問してしまう。

そのやり取りについては、次回。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:マキタスポーツさん「オトネタ作りも、音楽に関わるようになったのも、佐野元春さんに出会ったことから始まっています」

8061views

樫本大進、キリル・ゲルシュタイン

音楽ライターの眼

初共演にして、火花散るようにエキサイティングな一夜/樫本大進&キリル・ゲルシュタイン プレミアム・コンサート

4631views

楽器探訪 Anothertake

改めて考える エレクトーンってどんな楽器?

129176views

楽器のあれこれQ&A

講師がアドバイス!フルート初心者が知っておきたい5つのポイント

17525views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

10326views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

弦楽器の“健康診断”から“治療”、健康アドバイスまで/弦楽器の調整や修理をする職人(前編)

14268views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

13985views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6477views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14454views

AOSABA

われら音遊人

われら音遊人:大所帯で人も音も自由、そこが面白い!

11292views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

7935views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9649views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

4545views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8210views

音楽ライターの眼

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、“本物の”『ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール』が半世紀を経て初公式リリース

1722views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

思い描く声が出せたときの感動を分かち合いたい/ボイストレーナーの仕事(後編)

8964views

われら音遊人

われら音遊人:ただ今、バンド活動リハビリ中!

7643views

マーチングドラム

楽器探訪 Anothertake

これからのマーチングドラム ~楽器の進化の可能性~

11614views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

6856views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

5893views

楽器のあれこれQ&A

ピアノ講師がアドバイス!練習の悩みを解決して、上達しよう

3857views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6679views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24764views