Web音遊人(みゅーじん)

ザ・ローリング・ストーンズ×ゴダールの邂逅。映画『ワン・プラス・ワン』、チャーリー・ワッツ追悼上映

ザ・ローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツが2021年8月24日、80歳で亡くなったというニュースは、世界に衝撃をもたらした。
体調を崩し、2021年9月からの北米ツアーにはスティーヴ・ジョーダンが代役として参加することが発表されていたものの、ストーンズのファンは2022年、再びステージでビートを刻むチャーリーの姿を見ることが出来ると信じていた。だが、それが実現することは永久になくなってしまった。
“ノー・フィルター”ツアーのステージ上にはチャーリーの映像が映し出され、観衆は彼の功績と人生を讃えて大きな声援を送った。

ストーンズは“映像の世紀”である20世紀エンタテインメントの申し子だった。1963年7月、レコード・デビューからわずか1ヶ月後にストーンズは『サンク・ユア・ラッキー・スターズ』の夏休み特番『ラッキー・スターズ・サマー・スピン』でテレビ初出演を果たしている。当初、テレビ局の重役はミック・ジャガーのことを「あのタイヤみたいな唇をした奴はさっさと辞めさせろ」と忠告したという。アメリカ進出時にもエド・サリヴァンに「二度と私の番組に呼ばない。17年かけて築き上げたものをあんな連中にぶち壊されてたまるか」と言われ、ディーン・マーティンは「どこがいいのやら」と目をぐりぐりさせるなど批判も多かった彼らだが、若いファン層から熱狂的に支持され、“世界最高のロックンロール・バンド”と呼ばれるに至った。

その後もストーンズは映像メディアを通じて、我々の耳と目に新鮮な衝撃を与えてきた。1970年代から80年代にかけては『ギミー・シェルター』(1970)、『レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』(1983)などの劇場映画が銀幕を彩り、『ビデオ・リワインド』(1984)、『25X5』(1989)といったホーム・ビデオ作品、当時最新だったIMAX方式で公開された『AT THE MAX』(1991)、巨匠マーティン・スコセッシが監督した『シャイン・ア・ライト』(2008)など、ストーンズは“史上最高のヴィジュアル・バンド”としても君臨し続けたのだ。

そんな映像作品の数々の中で異彩を放つのが、1968年に公開された『ワン・プラス・ワン』だ。

映画『ワン・プラス・ワン』
2021年12月3日(金)から全国順次公開

『勝手にしやがれ』(1959)『気狂いピエロ』(1965)などで“ヌーヴェル・バーグ”を代表するフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールが手がけたこの作品。社会主義・ブラックパワー・ベトナム戦争・ポルノグラフィなど当時のラディカルな世相を縦軸、ストーンズがスタジオで新曲『シンパシー・フォー・ザ・デヴィル』を完成させていくプロセスを横軸にして織り成すタペストリーというべき内容で、1968年という時代の片鱗と当時のストーンズの姿をヴィヴィッドに捉えている。

ゴダールの熱心なファンから異色作と呼ばれ賛否両論のある『ワン・プラス・ワン』だが、ストーンズのファンにとっては幾つもの注目すべきシーンがある。メンバー5人がアイディアをぶつけ合いながら『シンパシー・フォー・ザ・デヴィル』を書き上げていくプロセスはスリリングで、歴史的にも貴重な資料だ。1969年に脱退、その翌月に亡くなるブライアン・ジョーンズもいるし(この時点で所在なさげで、後半では姿を見せない)、やはりバンドを去ったビル・ワイマン、そしてもちろんチャーリーも映されている。ストーンズがサポート・メンバーを必要としない真の“バンド”だった時代を偲ばせる映像である。

ゴダールとストーンズの一度限りの邂逅は、かけがえのないロックンロール・ドキュメントでもある。本作が日本初公開されたのは海外に大幅に遅れて1978年だった。その後、1996年にもリバイバル上映が行われたが、今回はチャーリー追悼として緊急上映が決定した。映画館のスクリーンでチャーリーのプレイを見ることが出来るチャンス、決して逃してはならない。

ところで本作において重要な役割を占めている『シンパシー・フォー・ザ・デヴィル Sympathy For The Devil』、発表当時から『悪魔を憐れむ歌』という邦題が付けられているが、歌詞内容とはかなりニュアンスがズレているため、そろそろ見直しするべきではなかろうか。『You Can’t Always Get What You Want』の邦題が『無情の世界』というのも脱力してしまうが、日本人全体の英語力も半世紀前と較べると向上している状況下、“世界最高のロックンロール・バンド”が歌に込めたメッセージが正しく伝えられていないことは残念でならない。

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

児玉桃

今月の音遊人

今月の音遊人:児玉桃さん「音楽は景色、温度、色彩、時間など多彩な要素を描き出すことができ、それを聴いた人たちと気持ちを分かち合うことができる」

1987views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase46)「カルメン」初演とビゼー没後150年、パリ・コミューンのトラウマ、見出された民衆と自由を求めて

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase46)「カルメン」初演とビゼー没後150年、パリ・コミューンのトラウマ、見出された民衆と自由を求めて

1541views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

すぐに音を出せて、自由に演奏できる。管楽器の楽しみを多くの人に

15623views

CLP-825WH

楽器のあれこれQ&A

はじめての電子ピアノを選ぶポイントや練習を続けるコツ

4897views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

10528views

オトノ仕事人

テレビ番組の映像にBGMや効果音をつけて演出をする音の専門家/音響効果の仕事

7593views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

30476views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7326views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

16874views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

7957views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

6488views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11859views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

14472views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

21824views

音楽ライターの眼

連載50[ジャズ事始め]“なぜ日本でジャズなのか?”という問いに対する50回目の回答

2325views

佐藤順

オトノ仕事人

劇伴制作の進行管理や演奏シーンの撮影をサポートする/映画等の劇伴制作をプロデュースする仕事

5627views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

3434views

楽器探訪 Anothertake

存在感がありながら他の楽器となじむシンフォニックなサウンドが光る、Xeno(ゼノ)トロンボーンの最上位モデル

7370views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

27150views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

すべては、あの日の「無料体験レッスン」から始まった

6073views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

23800views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7920views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35094views