Web音遊人(みゅーじん)

スリープ『ドープスモーカー』が新仕様で復活。名盤は何度でも蘇る

アメリカのドゥーム・ロック・バンド、スリープが1996年にレコーディングしたアルバム『ドープスモーカー』が四半世紀の月日を経て、新たな注目を集めている。

『ドープスモーカー』は異端の騎士団が紫煙に導かれて聖地エルサレムを目指すという幻想的な叙事詩だ。全1曲・63分という“売れスジ”から外れた大作ゆえメジャーの“ロンドン・レコーズ”からリリースを拒否され、その結果バンドは解散。ギタリストのマット・パイクはハイ・オン・ファイアー、ベーシストのアル・シスネロスはオムを結成、それぞれ音楽活動を続けている。

“ロンドン・レコーズ”から52分ヴァージョンが『エルサレム』というタイトルで発売されることになっていたこのアルバムは封印されてしまったが、地下流出した音源が熱心なマニアによって共有されてきた。1998年にはブートレグ(海賊盤)CDが発売され、1999年には公式リリースが実現。さらに2003年には63分の完全版が『ドープスモーカー』のオリジナル・タイトルで発売された。このヴァージョンにはさらに『ソニック・タイタン』(ライヴ)がボーナス収録され、世界中のファンから熱狂的に迎えられた。

『ドープスモーカー』の進化はここで終わらなかった。2012年にはアルバムをリマスター、ジャケットを一新した新装盤がリリース。こちらは『ソニック・タイタン』『ホーリー・マウンテン』(共にライヴ)がボーナス収録されており、さらにロング・ヴァージョンで楽しむことが可能となった。

飽和点を超えるヘヴィネスと陶酔感で、本作はロック・アルバムの域を超えてひとつの信仰対象へと昇華されており、世界各地に『ドープスモーカー』信奉者が存在していた。スリープが2009年に再結成、ライヴ活動を行うようになったことで、その数は増していき、2018年1月に来日公演も実現。アルバムからのハイライトが披露されたことで、日本でも本作を崇拝する者が増殖していった。

2012年版の『ドープスモーカー』はドゥーム・ロックの聖典と呼ばれ、10年のあいだ聴き継がれるロングセラーとなってきたが2022年、さらなる超豪華ヴァージョンで蘇ることになった。今回本作をリリースするのはアメリカの“サード・マン・レコーズ”。ジャック・ホワイト(フジ・ロック・フェスティバル’22でヘッドライナーを務める)が主宰するレーベルだ。スリープの新作アルバム『ザ・サイエンシズ』(2018)や限定ライヴ盤、EPを発表してきたが、それ以上に気合いの入った仕様となっている。

今回はCDリリースはなく、アナログ盤のみ。LP4枚+7インチ・シングルという構成だ。LPのA〜C面にアルバム本編の最新リマスターを収録、D面にはこれが初登場となる未発表曲『Hot Lava Man』が収められている。E面では『ドープスモーカー』レコーディング・セッション時のスタジオ・アウトテイク、G・H面では1994年の初期ライヴ・ヴァージョンを聴くことが出来る(F面は盤にエッチングが彫られており、音は入っていない)。7インチ・シングルには『ドープスモーカー』の編集ヴァージョンが収録されている。

それに加えて本盤にはポスター2枚と布製パッチも付けられるなど、マニア心をくすぐるデラックス仕様だ。アナログ盤プレイヤーを持っているリスナーならばぜひ持っておきたい逸品といえる。

本盤の販売は“サード・マン・レコーズ”公式サイトの“ヴォールト”会員を対象としており、申し込みは2022年4月末で締め切られているが、余分にプレスした分がサイトのウェブショップで売られることもあるため、小まめに覗いておくと良いことがあるかも知れない。

なお、今回の盤には2012年ヴァージョンのボーナス・トラックだったライヴ2曲は未収録なので、お持ちの方はどちらも手元に置いておきたいところだ。また、2022年4月の時点で『ドープスモーカー』は各ストリーミング/サブスクリプション・サービスから削除されている状態のため(レコード会社との契約の過渡期らしい)、念のためフィジカル盤を常備しておくことが大事である。

名盤は何度でも蘇る。スリープの聖典『ドープスモーカー』はこれからも姿を変えながら、信奉者たちを魅了し続けるに違いない。

 

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:荻野目洋子さん「引っ込み思案だった私は、音楽でならはじけることができたんです」

7589views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#027 世界的なシンガーのルーツを覚醒させた2人だけのジャズという蜜月~トニー・ベネット&ビル・エヴァンス『トニー・ベネット&ビル・エヴァンス』編

481views

練習用のバイオリンとして進化する機能と、守り続けるデザイン

楽器探訪 Anothertake

進化する機能と、守り続けるデザイン

4942views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

12923views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

12081views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

14953views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

23046views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8383views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

23492views

上海ブラスバンド日本支部

われら音遊人

われら音遊人:上海で生まれた縁が続く大家族のようなブラスバンド

1947views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

5897views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29116views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

9905views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

12555views

音楽ライターの眼

ソロ、室内楽、指揮と多彩な活動を展開するレオニダス・カヴァコスの新たな挑戦

2021views

調律師 曽我紀之

オトノ仕事人

演奏者が望むことを的確に捉え、ピアノを最高のコンディションに整える/コンサートチューナーの仕事

2884views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

2991views

楽器探訪 Anothertake

【モニター募集】37鍵ピアニカに30年ぶりの新モデルが登場!メロウな音色×おしゃれなデザインの「大人のピアニカ」

25368views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

2313views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

音楽知識ゼロ&50代半ばからスタートしたサクソフォンのレッスン

7610views

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

楽器のあれこれQ&A

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

8536views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6480views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29116views