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タイガース・オブ・パンタン、1980年代中期の幻のアルバム2タイトルが新装再発

タイガース・オブ・パンタンが1980年代中期に発表した2作のアルバム『ザ・レック・エイジ』(1985)と『バーニング・イン・ザ・シェイド』(1987)が海外で新装再発されることになった。

イギリスのインディーズ・レーベル“ニート・レコーズ”から1980年、ヘヴィ・メタル路線第1弾アーティストとしてデビューしたタイガース(同レーベルはレイヴン、ヴェノムらを輩出することになる)は当時のヘヴィ・メタル・ブーム、いわゆるニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル(N.W.O.B.H.M.)の代表バンドのひとつとして活躍。アルバム『スペルバウンド』(1981)は名盤と呼ばれ、初期には後にシン・リジィやホワイトスネイクに参加するジョン・サイクスがいたことでも知られる。

活動休止を挟みながら現在でも進み続ける彼ら、2018年には36年ぶりの来日公演が実現したのも記憶に新しい。今回再発盤がリリースされる2作は、彼らのキャリアのピークとは言えないものの、コアなファンから支持を得ている時期の作品だ。アルバム2作をカップリング、さらに初公開となる両作のデモを収めたボーナス・ディスクを加えた3枚組仕様となっている。

『危険なパラダイス The Cage』(1982)がヒットを記録するが、同作に伴うツアー後、バンドは契約上のトラブルで活動休止を余儀なくされる。ジョン・デヴァリル(ヴォーカル)はソングライターでキーボード奏者のスティーヴ・トンプソンと組んでソロ・アルバムに着手するが、元メンバーのジョン・サイクスに「日本に行ったとき、インタビューで何度もタイガースのことを訊かれた。すごく人気があるらしい」と言われて、タイガース名義を使うことになった。そうして作られたのが『ザ・レック・エイジ』だった(ちなみにトンプソンはタイガースのデビュー・シングル『ドント・タッチ・ミー・ゼア』のプロデューサーでもあり、バンドの歴史において重要な位置を占めていたが、メンバーとして加入したことは一度もない)。

バンドにはオリジナル・メンバーのブライアン・ディック(ドラムス)が復帰。新メンバーとしてスティーヴ・ラムとニール・シェパードという2人のギタリストが加入している。どちらもリードとリズム・ギターを担当しているが、ファンに注目されたのはニールだった。ジェス・コックス・バンドからウェイステッドを経てタイガースに参加した彼はブロンドのカーリー長髪をなびかせてギブソン・レスポールを弾きまくるヴィジュアルがジョン・サイクスを思わせるもので、速弾きマシンガン・ピッキングを交えたプレイのスタイルも共通していた。スティーヴもかなりのテクニシャンで、名曲『ヘルバウンド』を彷彿とさせる『ザ・レック・エイジ』でのツイン・ギターのバトルは手に汗握る迫力だ。

イギリスのTV番組『ECT』での『ザ・レック・エイジ』『デザート・オブ・ノー・ラヴ』ライヴ演奏も評判を呼び、アルバムのセールスは好調で、英国ツアーも成功を収めている。アメリカでのクラブ・ツアーも行われ、再ブレイクが期待された彼らだが、ニールがバンドを脱退してしまう。ジョン・サイクス、ヴィヴィアン・キャンベル(ディオ〜ホワイトスネイク〜デフ・レパード)、ローレンス・アーチャー(グランド・スラム〜UFO)に続くブリティッシュ系ギター・ヒーローとして期待された彼がこの後、音楽シーンから消えてしまったのは残念でならない。なお彼は現在イギリスの放送局でエンジニアとして働いているそうである。

ジョン、スティーヴ、ブライアンの3人になったタイガースが制作したのが『バーニング・イン・ザ・シェイド』だった。今回もスティーヴ・トンプソンがソングライティングとプロデュースに全面的に関わっており、前作同様メロディを重視したハード・ポップ路線を取っている。『ザ・ファースト(ジ・オンリー・ワン)』や『ドリーム・チケット』など、派手さはないが曲のクオリティはいずれも高く、バンドの再浮上を期待させる作品だったが、これだ!という決めの1曲に欠けていたことも事実。また、当時イギリスのハード・ロック/ヘヴィ・メタルはアメリカ勢に押されて盛り下がっていた時期のため、本作はメタル・ファンからの反応も決して芳しいものではなかった。結局タイガースはその後ひっそりと、自然消滅に近い形で解散している。

それから約10年の沈黙を経て1999年、タイガースはオリジナル・メンバーのギタリスト、ロブ・ウィアーを中心に再結成。よりヘヴィな音楽性で支持を得て、作品もコンスタントに発表しており、2022年にもEP『A New Heartbeat』を発表している。

今回再発される2作に収録されているデモはスティーヴ・トンプソンのホーム・スタジオで録られたもので、アルバム収録曲の“設計図”として興味深く、楽しむことが出来る。

『ザ・レック・エイジ』『バーニング・イン・ザ・シェイド』新装再発盤

現在ジョン・デヴァリルは舞台俳優として活動しているが、2018年には『危険なパラダイス』でギタリスト兼キーボード奏者だったフレッド・パーサーとのプロジェクト“パーサー/デヴァリル”でアルバム『スクエア・ワン』を発表している。スティーヴ・ラムは元ジ・アニマルズのメンバー達とのバンド“ジ・アニマルズIII”そして英国ロックの名曲をプレイする“ザ・UKロック・レジェンズ”で活動中だ。ブライアン・ディックは音楽シーンを離れて、2022年にバイク事故で怪我を負ったものの、順調に回復中だという。

『ザ・レック・エイジ』と『バーニング・イン・ザ・シェイド』はどちらも魅力あふれるヘヴィ・ポップの“幻”の好盤だ。今回の再発は、多くの音楽リスナーに新たな驚きと喜びをもたらしてくれるだろう。

 

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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