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今月の音遊人:大江千里さん「バッハのインベンションには、ポップスやジャズに通じる要素もある気がするんです」
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【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase42)バッハだけではないオルガン曲、福本茉莉が広める北ドイツ楽派、現代への衝撃
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2025.2.21
tagged: 音楽ライターの眼, バッハ, クラシック名曲 ポップにシン・発見, 福本茉莉
パイプオルガンで思い浮かぶのはヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750年)の作品。「トッカータとフーガニ短調」「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」は名曲だ。しかしオルガン曲はバッハだけではない。ドイツ在住のオルガニスト福本茉莉はバッハ前後の北ドイツ・オルガン楽派の作品を掘り起こす。2024年11月発表のCDではブクステフーデやリューベックらの作品を収めた。17~18世紀の北ドイツのオルガン音楽が現代に衝撃を与える。
ドイツ北部ハンブルクから西へ約45キロメートル。北ドイツで最も古い都市の一つ、シュターデは美しい中世の街並みで人気の観光地だ。13世紀の結成初期からのハンザ同盟都市だったが、1601年に脱退させられた。一時スウェーデン支配下に入るなど数奇な運命を辿った古都である。
シュヴィンゲ河岸のハンザ港から木組みの家が立ち並ぶ旧市街を進むと、聖コスメ・エト・聖ダミアーニ教会に辿り着く。この教会にあるのが、欧州屈指のバロック・オルガン「フス/シュニットガー・オルガン」だ。シュターデの街が大火で焼失した後、1675年に完成。2025年で350年になる。名匠ベレント・フスが雇われ、従兄弟の若い職工アルプ・シュニットガーとともにオルガン製作に携わった。
CD「NORTH WIND of Baroque~シュターデのフス/シュニットガー・オルガン/福本茉莉」(2024年、ACOUSTIC REVIVE、キングインターナショナル)
24年11月リリースの福本のCD「NORTH WIND of Baroque~シュターデのフス/シュニットガー・オルガン/福本茉莉」(ACOUSTIC REVIVE)はこのオルガンを使用した。録音は23年6月7~9日。「北ドイツの記念碑的オルガンを弾く」と銘打っている。
まずヴィンツェント・リューベック (1654~1740年) の「前奏曲ホ長調 (ハ長調)」。リューベックはドイツ・バロック盛期の作曲家兼オルガニスト。シュターデのフス/シュニットガー・オルガンを弾いた最初期のオルガニストという。その後はシュニットガー製作のハンブルク聖ニコライ教会のオルガン奏者にもなった。
リューベックの「前奏曲」では華麗できらびやかな響きが鳴り渡る。ハンブルクをはじめハンザ同盟都市を中心とした経済的繁栄を背景に、当時の北ドイツ・オルガン楽派の音楽がいかに栄えていたかをしのばせる。バッハはハンブルクでリューベックのオルガン演奏を聴いて感銘を受けたという。北ドイツやハンザ都市は音楽史では抜けがちだろう。バッハにも影響を与えた北ドイツ・オルガン楽派の作品を聴き込みたくなる。
福本はフス/シュニットガー・オルガンとの出合いを振り返る。「20歳の夏休み、単身ドイツに渡り歴史的楽器を巡る旅をした。その際にシュターデのフス/シュニットガー・オルガンを管理されているカントールの方に連絡し、鍵を借りて試奏させてもらった。出てくる音が全て言葉に表せないほど美しく、衝撃を受けた。それまでオルガンで古楽なんて『ダサい』と思っていたが、古楽と歴史的オルガンに興味を持ち、この楽器の存在がハンブルクに留学する理由の一つにもなった」
パイプオルガンはそれが存在する地に行かなければ弾けないし聴けない。日本で北ドイツ・オルガン楽派の音楽があまり聴かれないとしたら、それは聴き手がウィーンやパリやイタリアほどには北ドイツを知らないしイメージをつかめていないことを意味する。
バッハ作品はオルガン曲の典型的なイメージを作ってきた。カール・リヒターによる定盤CD「トッカータとフーガ/J・S・バッハ:オルガン名曲集」(1964~78年録音、ユニバーサル)
未知のオルガン音楽が北ドイツに数多くあると思いながら、2曲目のマティアス・ヴェックマン(1618/19~74年) の「今ぞ喜べ、愛するキリストのともがらよ」を聴く。これはマルティン・ルターの最初期の讃美歌の一つで、ヴェックマンが3部から成るオルガン曲に編曲したのだった。ヴェックマンはハンブルクの主教会聖ヤコビのオルガニストだった。
福本はヴェックマンについて「南ドイツやイタリアの音楽様式を前衛的に北ドイツのオルガン音楽に取り込んだ第一人者」と指摘する。「言語を音楽化する繊細な感覚に優れており、今回の録音でもコラールの個性豊かな変奏が楽しめる。第3変奏では、星屑が舞うようなシュニットガーならではの輝かしい音色を使用している」と説く。
ハインリッヒ・シャイデマン (1595~1663年)の「カンツォーン ト長調」も印象深い。「特有のリズミカルな性格と、鍵盤ごとに異なるパイプ群を使用することによる空間的な対比が楽しめる」と福本は言う。独奏と伴奏が協奏的に相互作用しながら進行していく立体感は親しみやすく新鮮だ。
こうした作曲家の作品の合間にバッハの「協奏曲ハ長調BWV594 (アントニオ・ヴィヴァルディに基づく)」とバッハ作曲といわれる「コラール前奏曲《主キリスト、神のひとり子》 BWV1176」を収めた。最後はディーテリッヒ・ブクステフーデ (1637~1707年) の「前奏曲 ハ長調 BuxWV137」。明るく壮麗な作品だ。
「ブクステフーデはバッハが20歳の時にリューベックの街にいる彼を訪ねたことからも、日本でも知られている作曲家」と福本は説明する。「北ドイツ・オルガン楽派を代表する作曲家で、キャッチーでドラマティックな音楽を数多く残している」。聴き終える頃には、バッハと北ドイツ・オルガン楽派との関係性がいよいよ明らかになる。
福本は武蔵野市国際やニュルンベルク国際など日独伊の主要国際オルガンコンクールですべて優勝した世界最高水準の実力派として欧州で活動を続けている。「バッハに至るまでの様々な刺激的なオルガン音楽」と「バッハの後にもバッハと彼の音楽から学んだ(当時)最先端のオルガン音楽」が存在するとの歴史観のもと、後期ロマン派のマックス・レーガーのオルガン曲や現代音楽にも取り組んでいる。
オルガンはロックバンドでも盛んに使われてきた。エマーソン、レイク&パーマーやプロコル・ハルム、ディープパープルなど。そうしたバンドの電子オルガンの響きで想起するのはバッハが多かったと思うが、実際には各バンドは様々な作曲家から影響を受けていたのかもしれない。今回のCDで福本はオルガン音楽の奥深さと広大な世界を聴かせている。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
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