今月の音遊人
今月の音遊人:木嶋真優さん「私は“人”よりも“音楽”を信用しているかもしれません」
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人生を変えてしまうほどの、大きな「愛」の物語/書籍『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』
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2022.12.6
tagged: ブックレビュー, 親愛なるレニー レナード・バーン, バーンスタイン
20世紀を代表する偉大な音楽家、レナード・バーンスタイン。指揮者、作曲家、そして教育者としても、世界中の人々を虜にしてきた。本書は、ふたりの日本人から彼に送られた書簡の数々を通じて戦後の日米史、そしてバーンスタインその人の存在の大きさに迫るユニークな本である。
アメリカ文化史、そしてアメリカ=アジア関係史を研究する著者の吉原真里は、ワシントンのアメリカ議会図書館で、レナード・バーンスタイン・コレクションにあたっていた。目的は、冷戦期における日米の文化政策を比較・分析するためだった。しかし、膨大な資料の中でも多くを占める個人的な書簡を興味本位で見ているうちに、ある日本人ふたりからの手紙に興味を惹かれ、そこから彼女の研究は思わぬ方向へと広がっていく。
1947年、18歳のときに若きバーンスタインが書いたエッセイに感銘を受け、最初の手紙を送って以来、40年以上にわたり交流を続けた「カズコ」、そしてマエストロと激しい恋に落ち、その後は彼のエージェントの日本代表としてビジネスにも尽力した「クニ」。本書は、ふたりがバーンスタインに送った手紙を時系列に沿って読み解きながら、アメリカと日本をめぐる情勢や文化政策、両国の音楽マーケットの推移、そして、その中でバーンスタインという音楽家がどのように音楽活動を推進していったのかを浮き彫りにしていく。
それが単なる年表的な記録の羅列にならず、血の通う物語として描かれているのは、手紙の存在があるからだ。子ども時代をパリで過ごし、コンセルバヴァトワールでピアノを学んだカズコの音楽への造詣の深さ。演劇を学び仕事もそつなくこなすクニのこまやかな感性。そして手紙を送り続けるふたりの情熱と行動力。加えて、手紙の数々と歴史を精緻につなぎ、ストーリーをドラマチックに展開させていく著者の構成力も本書を魅力あるものにしている大きな要素である。
さて、何はともあれ、読んだ者を圧倒するのは、バーンスタインその人の「愛」である。「すべて、愛が根底にあります。人を愛することと、音楽を愛すること。それは私にとって同じことなのです」とは、本書で紹介されている彼の言葉だが、カズコとクニの手紙はそれを証明するかのように、雄弁に愛を語る。不思議なのは、本書ではバーンスタイン本人の言葉は多く語られないにもかかわらず、読んだ後はまるで彼の愛に包まれているような感覚に襲われることだ。
彼がアメリカで大スターになる前から熱心に応援し続けた「ファン」としてのカズコ、「恋人」として恋焦がれながらも、その力を自らの強さに変えてマエストロの夢の実現に献身する「ビジネスパートナー」となったクニ。それぞれが綴る想いが、バーンスタインの愛の大きさをあぶりだしているのである。
バーンスタイン晩年の一大プロジェクトであるPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌)開催までの道のりは、本書にとっても大きなハイライトで、1990年の夏、PMFで「人生を変える」ほどの経験をした参加者たちのコメントも収められていて、彼の愛情の大きさを物語っている。
この世を去ってからすでに30年以上たっても、彼が残した多くの音源や、『ウェスト・サイド・ストーリー』をはじめとする舞台作品は、いまだ多くの人の心を動かし続けている。その秘密が、本書にもぎっしりと詰めこまれているといっても過言ではない。これは、日米の戦後史、音楽史の本であると同時に、大きな「愛」の物語なのだ。
『親愛なるレニー レナード・バーンスタインと戦後日本の物語』
著者:吉原真里
発売元:アルテスパブリッシング
発売日:2022年10月28日
価格:2,750円(税込)
詳細はこちら
文/ 山﨑隆一
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