Web音遊人(みゅーじん)

ベーゼンドルファー『Model250』

ピアノ演奏のヒントが見つかるかも!「もっと知りたい!バルトークの魅力」レクチャー&コンサート

20世紀を代表するハンガリーの作曲家、バルトーク・ベーラ(1881-1945)。彼はとても優れたピアニストでもあり、ピアノという楽器を熟知した彼が書いた子どものためのピアノ教育作品について知ることは、大作曲家が思い描いた”小さなピアニスト”を育てるためのヒントを享受できるのではないだろうか。

さまざまな民俗音楽を研究したからこそ生み出された作品

2022年12月24日、ヤマハ銀座コンサートサロンにて『「もっと知りたい!バルトークの魅力」レクチャー&コンサート』が開催された。ハンガリーにあるバルトーク・アーカイヴでバルトークを研究する中原佑介氏による解説と、国際的に活躍するピアニストであり、バルトーク作品の愛奏者である兼重稔宏氏による演奏。公演前の話も交え、本公演のレポートをしていく。

「もっと知りたい!バルトークの魅力」レクチャー&コンサート

(写真左)バルトーク研究者の中原佑介氏(写真右)ピアニストの兼重稔宏氏

本公演は、中原氏による解説から始まった。バルトークが暮らしていた時代のハンガリーは多民族国家であったため、多くの民族が生活をしており、彼はハンガリーをはじめとし、ルーマニアやスロヴァキアなどさまざまな民族の民俗音楽の採集をしていたそうだ。中原氏は「もしも、バルトークがハンガリーの民俗音楽だけにこだわっていたら、20世紀を代表する作曲家になっていなかったかもしれない」と話す。

ピアノ演奏の幅が広がるヒントが詰まった『ミクロコスモス』

バルトークが教育のために手掛けた『ミクロコスモス』は、1932年から39年にかけて書かれた153曲の小曲が収められており、それぞれが違った音楽的性格を持つ。指導者は、学習者の理解度に応じて段階的に曲を与えることができ、技術だけでなく作曲法や理論など、総合的に音楽を学ぶことができる。さらに、19世紀末までの教育作品にはあまり見られない変拍子や旋法が初歩の学習レベルで盛り込まれているので、バルトークの音楽のエッセンスを知ることはもちろん、他の作曲家の楽曲に取り組む際にも活用できるものとなっている。

「もっと知りたい!バルトークの魅力」レクチャー&コンサート

公演当日の様子

その『ミクロコスモス』を含むバルトーク作品の『バルトーク・ベーラ批判校訂全集』は、中原氏が編集作業に携わっていることからこの全集について解説された。それによると、ドイツのヘンレ社とハンガリーのムジカ・ブダペスト社の共同制作による批判校訂版は、現在利用できるあらゆる資料をもとに、全ての作品を信頼できる形で出版するそうだ。また、この楽譜は作曲家の意図の尊重はもちろん、演奏家にとっての使いやすさも重視されていて、バルトークがこの作品を演奏していた際に行っていた、音の追加なども盛り込んでいることが特徴的である。『子どものために』第1巻第26番は、初稿と改訂稿が見開きになっているため、比較がしやすいのも演奏家や研究者の目線に立った仕様といえるだろう。
作曲家による“生きた”音までも記されているこの批判校訂全集版は、演奏家が多くのインスピレーションを得られるのではないだろうか。

生きた音楽を伝える兼重氏の演奏とベーゼンドルファーのピアノ

バルトークの魅力を伝える存在として忘れてはいけないのが、ベーゼンドルファー社のピアノだ。中原氏は「バルトークはハンガリーの自宅ではベーゼンドルファーのピアノを所有していたので、『ミクロコスモス』を書くときは、この音色を基準としていたのではないかと思います」と述べていた。また兼重氏は特に『ミクロコスモス』をベーゼンドルファーの音色で弾くことが、重要な意味を持つと話す。「どのように弾くべきかが自然と見えてくる気がするのです。そもそも彼自身がとても美しい音色とフレージングで演奏するピアニストでした。音にこだわることは楽曲理解にも大きく繋がるのではないでしょうか」
今回の公演で使用されたのは、バルトークが生きていた時代からある1909年製の『Model250』だ。音の決め手となる響板やボディの木材には良質なスプルースが使用されている。

ベーゼンドルファー『Model250』

ベーゼンドルファー『Model250』

このピアノを兼重氏が演奏すると、透明感のある音色とあたたかみのある響きが会場を包んでいた。この音色こそがバルトークの音楽をさらに深く味わうために大きな役割を果たすと兼重氏は語っている。さらに「記譜されたペダル記号にそのまま従うと現代のペダルでは濁ってしまうが、ベーゼンドルファーのピアノで弾くと、一聴すると不協和音に聞こえるものも、音が折り重なったものとして響いてくる」という。「バルトークの楽曲は、きれいな響きにリズムやアクセントといった要素が絡み合うことで、総合的な美しさを作り出し、それが空間に広がっていく感覚がある」と話していたが、実際に演奏を聴くと、確かにさまざまな要素が一度に奏されてもまったく濁らず、音楽が立体的に聞こえてきた。『Model250』は鍵盤が92鍵あり、通常のピアノよりも多いのだが、それも兼重氏によれば「倍音が豊かになり、楽器だけでなく、空間までも鳴らしているようなイメージで演奏できる」効果があり、自然界の音も表現しようとした作曲家であるバルトークの、「楽譜に収まりきらなかったものまでも表現する」という役割を果たしているそうだ。

中原、兼重の両氏とも「バルトークは決して堅苦しく演奏する必要はなく、もっと自由に楽しんで演奏していいもの」と語っていたが、その言葉を体感したレクチャーコンサートであった。小さな子どものころからバルトークの作品に触れて育つのはなんと贅沢なことだろうか。

■インフォメーション

●『バルトーク・ベーラ批判校訂全集』一覧

詳細はこちら

●ウェブマガジン「もっと知りたい!バルトークの魅力」

詳細はこちら

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:山田和樹さん「エルヴィス・プレスリーのクリスマスソングから『8割の美学』というものを学びました」

2730views

ウルヴァーの“闇のポップ”への進化過程

音楽ライターの眼

Ulver(ウルヴァー)の“闇のポップ”への進化過程

10267views

“音を使って音楽を作る”音楽の冒険を「ELC-02」で

楽器探訪 Anothertake

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

8334views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

40125views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

10858views

カッティング・エンジニア

オトノ仕事人

レコードの生命線である音溝を刻む専門家/カッティング・エンジニアの仕事

1728views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

13001views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

2880views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

18899views

われら音遊人

われら音遊人:みんなの灯をひとつに集め、大きく照らす

5354views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

5467views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9639views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7439views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

23470views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#018 ブルースをアフリカンな“縛り”から解放した革命のギター~ウェス・モンゴメリー『インクレディブル・ジャズ・ギター』編

927views

カッティング・エンジニア

オトノ仕事人

レコードの生命線である音溝を刻む専門家/カッティング・エンジニアの仕事

1728views

武豊吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人: 地域の人たちの喜ぶ顔を見るために苦しいときも前に進み続ける

1481views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

14270views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

21921views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4516views

楽器のあれこれQ&A

ドの音が出ない!?リコーダーを上手に吹くためのアドバイスとお手入れ方法

176000views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8367views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29076views