Web音遊人(みゅーじん)

映画『金持を喰いちぎれ』

映画『金持を喰いちぎれ』/ビートルズ・ストーンズ・モーターヘッドも喰いちぎるダーク・コメディが復活大公開

映画『金持を喰いちぎれ』は1987年の初公開以来封印されてきた“幻の”ダーク・コメディ作品だ。

監督のピーター・リチャードソンをはじめ、イギリスのコメディ集団“ザ・コミック・ストリップ”メンバーが総登場。ロック界のスーパースター達を迎えて、タチの悪いギャグの惨劇が繰り広げられる。

ロンドンの高級レストラン“バスターズ”でウェイターとして働くアレックス(ラナ・ペレー)だが、富裕層の客とソリが合わずクビに。その接客態度はかなり問題のあるもので、自業自得でもあるのだが、仲間たちと武装蜂起。内務大臣のノッシャー・パウエル(ノッシャー・パウエル)、謎の男スパイダー(レミー)らを巻き込んで、階級闘争か?単なるテロか?という闘いの火ぶたが切られる。

モーターヘッドのレミーが本筋に関わる異色作

モンティ・パイソンと並ぶ国民的コメディ・チームとしてイギリスでは義務教育レベルの知名度を誇るザ・コミック・ストリップの劇場映画で、本国では話題を呼んだこの作品。サッチャー政権下での賃金低下・失業率の上昇といった世相を反映したカウンターカルチャー・コメディとして楽しむことが出来るが(差別表現やどぎつい描写、罵倒などに眉を顰める人もいるかも)、本作のもうひとつの注目ポイントはロック・ミュージック界の人気ミュージシャン達が多数出演していることだ。

本作のストーリーで重要な役割を担っているのが、モーターヘッドのレミーだ。映画の全編にわたってアルバム『オーガズマトロン』(1986)からのナンバーが使われ、主題歌として新曲『イート・ザ・リッチ』が書き下ろされている(後にアルバム『ロックンロール』<1987>に収録)のに加え、モーターヘッドが『ドクター・ロック』を演奏するシーンもある。レミー(ベース、ヴォーカル)、フィルシー“アニマル”テイラー(ドラムス)、フィル・キャンベル(ギター)、ワーゼル(ギター)という4人編成は、現在フィルのみが存命という貴重なラインアップだ。

『ハードロック・ハイジャック』(1994)、『ジョン・ウェイン・ボビット・アンカット』(1994)、『悪魔の毒々モンスター/新世紀絶叫バトル』(2000)、『テラーファーマー』(1999)、『トロメオ&ジュリエット』(1996)など数多くの映画に出演しているレミーだが、その多くは自らのキャラを生かしたチョイ役。そんな中で本作はストーリーの本筋に関わり、セリフや演技もある異色作だ。もちろん“レミーらしさ”は失われていないので、モーターヘッドのファンは納得だ。

カメオ出演にも人気ミュージシャン多数

カメオ出演しているミュージシャンで最大の大物なのがポール・マッカートニーだろう。女王陛下(そっくりさん。似ていない)参加のバッキンガム宮殿の晩餐会で乱闘に巻き込まれて連れ去られるという、王室をおちょくっているともいえる役柄だが、撮影のほんの数ヶ月前に王室主宰の“プリンシズ・トラスト”が開催するチャリティ・コンサートに出演。チャールズ皇太子(現国王)とダイアナ妃(故人)と対面していたりもしている。

映画『金持を喰いちぎれ』

ザ・ローリング・ストーンズのベーシスト、ビル・ワイマンがゲスト出演しているのも注目だ。“イート・ザ・リッチ”レストランで「トイレに行ってくる」と席を立ってそのまま……という役柄だが、本作公開直後の1989年には自らが経営するレストラン“スティッキー・フィンガーズ”をオープンさせている。もしかして本作がヒントになっているかも?……とも思えるが、食材には問題がなかったようだ(2021年に閉店)。

前半で大使館を占拠、「自由と権利を!」と主張するテロリストを演じるのはポーグスのシェイン・マガウアンだし、ストラングラーズのヒュー・コーンウェル、デヴィッド・ボウイの元奥方アンジー・ボウイ、サンディ・ショウなども出演。主役のラナ・ペレーはシンガーとしても1986年、「ピストル・イン・マイ・ポケット」が全英チャートのトップ100入りするなど、音楽ファンならさらに楽しめる趣向が凝らされている。

2023年リバイバルだからこそ見えてくるもの

『金持を喰いちぎれ』はイギリス国内で好評価を得て、今日でもカルト的に支持されている作品だが、当時アメリカでは興行的に惨敗。日本では1989年にひっそりと公開されたものの、ひっそり過ぎて映画館に足を運ぶ人がほとんどいなかった。今回のデジタル・リマスター復活公開に際して映画会社が「なぜ今これがリバイバルされるのか、まったく不明!」と高らかに宣言しているほどだが、 2023年だからこそ見えてくるものがある。

1980年代に制作されたせいもあり、主人公アレックスには人種差別的・職業差別的な誹謗が容赦なく浴びせられる。だが男子アランとして生まれ、ラナとして生きることを選んだ彼女のジェンダーに対しては誰もが寛容で、あるがままの彼女を受け入れているのが興味深い。またEat The Richは貧困層が“金持を喰ってやる”と下剋上を比喩する表現だが、本作での使い方はもっとダイレクトな、いわば『推しの子』に近い物かも知れない。

ちなみにモーターヘッドによる主題歌『イート・ザ・リッチ』は極悪ロックンロールに乗せたお下劣なトンチの効いた歌詞が映画のムードを見事に捉えている。映画を見たらもう一度じっくり曲に向き合って、レミーのソングライター巧者ぶりを喰いちぎってみよう!

■インフォメーション

映画『金持を喰いちぎれ』

映画『金持を喰いちぎれ』
7月14日(金)よりシネマート新宿・シネマート心斎橋にてロードショーほか全国順次公開
©1987 National Film Trustee Company Ltd. All rights reserved.
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人:諏訪内晶子さん

今月の音遊人

今月の音遊人:諏訪内晶子さん「音楽の素晴らしさは、人生が熟した時にそれを音で奏でられることです」

19687views

音楽ライターの眼

さまざまな音楽、溶け合う楽器の音色、それらが届ける平和の祈り:井上鑑「TOKYO INSTALLATION 2022- Birds of Tokyo『願いを乗せて飛び立つうた』」

1238views

最新の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギター専用の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

10198views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

23138views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17547views

小見山優子さん

オトノ仕事人

ゲーム音楽は勝ってはいけない、負けてはいけない。大切なのは調和──/ゲームコンポーザーの仕事

1110views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

24790views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9060views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

12106views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

3514views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

5798views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30914views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11698views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24644views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#045 ジャズ増し増しのオルガンを実現させた映画音楽の巨匠の原点~ジミー・スミス『ザ・キャット』編

321views

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

オトノ仕事人

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

18085views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

1360views

サイレントブラス

楽器探訪 Anothertake

“練習”の枠を超え人とつながる楽しさを「サイレントブラス」

4604views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

9274views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5384views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

28430views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11024views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30914views