Web音遊人(みゅーじん)

エマーソン、レイク&パウエル

エマーソン、レイク&パウエル『The Complete Collection』/1980年代、プログレッシヴ・ロックが変化を迎えた瞬間

エマーソン、レイク&パウエルの集大成アンソロジー『The Complete Collection』が2024年4月、海外でリリースされる。

新時代のプログレッシヴ・スーパーグループ

1970年代、英国のプログレッシヴ・ロック・グループであるエマーソン、レイク&パーマーのメンバーとして一世を風靡したキース・エマーソンとグレッグ・レイクがハード・ロック界の重鎮ドラマー、コージー・パウエルと合体。ジェフ・ベック・グループ、レインボー、マイケル・シェンカー・グループ、ホワイトスネイクなどでパワフルなドラミングを披露してきたコージーを得たこのトリオはアルバム『エマーソン、レイク&パウエル』を1986年5月に発表。全米チャート35位を筆頭に世界各国でヒットを記録、8月から11月にかけて大規模な北米ツアーを行っている。新時代のプログレッシヴ・スーパーグループとして期待をかけられた彼らだったが、音楽性の食い違い、マネージメントとの軋轢などで空中分解。2枚目のアルバムは作られることがなかった。

エマーソン、レイク&パウエルは1980年代におけるプログレッシヴ・ロック再編成を象徴するバンドのひとつだった。

1970年代にひとつのムーヴメントを生んだプログレッシヴ・ロックだが、ディケイドの後半に大きな変革期を迎える。エマーソン、レイク&パーマーは解散、イエスはフロントマンが交替、ジェネシスは3人編成に縮小、ピンク・フロイドはロジャー・ウォーターズの独裁体制化を経て崩壊するなど、ひとつの時代の終わりを感じさせた。

プログレッシヴ・ロックの変動の原因をパンクとディスコの台頭によるものだとする評論家もいる。それも間違いではないだろうが、彼らの多くは10年以上同じバンドで活動しており、変化を必要としていたのである。

ひとつの終わりはひとつの始まりでもあった。1980年代に入ると、ベテランを中心とした新たなプログレッシヴ・ムーヴメントが動き出す。1974年に活動を停止していたキング・クリムゾンが新ラインアップで再始動。スーパーグループのエイジアがデビュー、さらにイエスやジェネシスがヒット・チャート上位にランクインしている。

イギリスでは一部マスコミが「メタル・ブーム(いわゆるN.W.O.B.H.M.)の次はプログレッシヴ・ブームだ!」と煽り、マリリオン、パラス、IQ、トゥエルフス・ナイトなど若手プログレッシヴ・バンドを“ポンプ・ロック”として売り出した。その中でマリリオンは当初ジェネシス・クローン呼ばわりされたが1985年、『哀愁のケイリー』のヒットを経てブームを超えた人気バンドとなっていく。

そんな1980年代プログレッシヴ・ロックの特徴は、ポップ化が目立ったことだった。エイジアの『ヒート・オブ・ザ・モーメント』、イエスの『ロンリー・ハート』、ジェネシス『ザッツ・オール』などはキャッチーでコンパクトな曲作りで、いずれもシングル・ヒットを記録している。アルバムの他の曲を聴いてみると実験的な、時に難解なものもあったりするのだが、1970年代的な大作主義のコンセプト・アルバムはめっきり減っていた。

1986年には元イエスのスティーヴ・ハウと元ジェネシスのスティーヴ・ハケットのツイン・ギターによるスーパーグループGTRがアルバム『GTR』を発表しているが、やはりキャッチーなメロディの曲がフィーチュアされていた(シングル曲『When The Heart Rules The Mind』は邦題が『ハート・マインド』という、端折りすぎて意味が判らないものだった)。

そして同じ1986年5月に発売となったのが『エマーソン、レイク&パウエル』だった。

1980年代のゲームチェンジャー

1980年代プログレッシヴ勢のキャッチーな路線は、コアなファンからすると必ずしも歓迎すべきアプローチではなかった。ロックとクラシックの融合を図った音楽性、卓越したテクニックに裏打ちされた演奏、精神性をテーマにしたトータル・コンセプトなどを求める彼らからすると、ソフトなラブ・バラードは“軟弱な売れセン狙い”でしかなかった。

だが『エマーソン、レイク&パウエル』は、世界中のファンが期待する“エマーソン、レイク&パーマーのアルバムでコージー・パウエルが叩く”サウンドをありったけ提供する作品だった。“前作”の『ラヴ・ビーチ』(1978)は酷評もされたアルバムだったが、本作は熱狂的に迎えられた。1曲目『ザ・スコアー』は高揚感のあるダイナミックなインストゥルメンタルで、日本では『ワールドプロレスリング』テーマ曲として35年にわたってお茶の間でも親しまれている。シングル・カットされた『タッチ・アンド・ゴー』はキース・エマーソンの荘厳なキーボードがファンファーレを奏でる曲。『ラヴ・ブラインド』『レイ・ダウン・ユア・ガンズ』はAORテイストのあるソフトな曲だが、ファンは長年グレッグ・レイクの各バラードに慣らされてきたため“軟弱”という誹りを受けることはなく、むしろ歓迎されている。ラストはグスタヴ・ホルストの『惑星』から『火星』をロック・アレンジする大盤振る舞いだ。

このアルバムはプログレッシヴ・ロック史におけるターニング・ポイントとなった。これまではどのアーティストも“プログレッシヴ=先進的”であることにこだわり、それがオールド・ファンから反発を食らうこともあった。だが本作にはファンの求めるトラディショナルEL&Pサウンドが、さらに一歩前進した形で収められている。

ちなみに翌1987年にリリースされたピンク・フロイドの『鬱 A Momentary Lapse Of Reason』も斬新であることよりファンのニーズに応えたトラディショナル志向の作品だったし、1980年代末にはジョン・アンダーソンが元イエスの中間たちと合流、アンダーソン・ブラフォード・ウェイクマン・ハウでこれぞイエス!な音楽性を提示してみせた。『エマーソン、レイク&パウエル』は1980年代におけるプログレッシヴ・ロックのゲームチェンジャーとして、改めて評価されるべき作品だ。

アルバム1枚のみで解散したこのバンドだが、2003年には1986年の未発表ライヴ・アルバム『ライヴ・イン・コンサート』とツアー・リハーサルを収めた『ザ・スプロケット・セッションズ』がリリースされた。今回の『The Complete Collection』はそれらのアルバム、そしてシングルB面曲をデジタル。リマスターしてCD3枚組に収録した、まさにタイトル通りのコンプリート・コレクションである。

キース・エマーソン、グレッグ・レイク、コージー・パウエルの3人はもはやこの世の人ではない。だが『The Complete Collection』はありし日の3人がプログレッシヴ・ロックの流れを変えた瞬間を蘇らせることになるだろう。1980年代もプログレッシヴ・ロックは熱かったのだ。

■アルバム『The Complete Collection』

エマーソン、レイク&パウエル『The Complete Collection』

発売元:Cherry Red Records
発売日:2024年4月12日発売

詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人 岡本真夜さん

今月の音遊人

今月の音遊人:岡本真夜さん「親や友達に言えない思いも、ピアノに聴いてもらっていました」

8979views

セイント・ヴィンセント

音楽ライターの眼

セイント・ヴィンセントが切り開くギター・ミュージックの明日

589views

最新の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギター専用の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

9783views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

2989views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13311views

オトノ仕事人

深く豊かなクラシックの世界への入り口を作る/音楽ジャーナリストの仕事

4389views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10384views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8650views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

19516views

練馬だいこんず

われら音遊人

われら音遊人:好きな音楽を通じて人のためになることをしたい

5875views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

5424views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25128views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

9042views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

22369views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#030 “ため息”の魅力を際立たせたアレンジャーの作戦勝ち!?~ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』編

809views

小林洋平

オトノ仕事人

感情や事象を音楽で描写し、映画の世界へと観る人を引き込む/フィルムコンポーザーの仕事

1429views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

4390views

楽器探訪 Anothertake

ピアノならではのシンプルで美しいデザインと、最新のデジタル技術を両立

6620views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19133views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

8214views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バイオリンの購入ポイントと練習のコツ

19933views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5375views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25128views