Web音遊人(みゅーじん)

連載5[ジャズ事始め]日本にジャズが芽生えた大正前夜の音楽事情

西欧列強に追い付くべく富国強兵政策を推し進めていた明治政府にとって、日清戦争(明治27〜28年/1894〜95年)と日露戦争(明治37〜38年/1904〜05年)での表面的な勝利は、日本の西洋化をさらに後押しするに足るエポックとなった。

太平洋航路がもたらした洋楽の新風

明治が大正に改元される1912年7月──ちょうどそのころ、客船・地洋丸がサンフランシスコをめざして横浜港を出航した。

日本郵船、大阪商船(現・商船三井)と並び当時の日本を代表する船会社だった東洋汽船は、日露戦争の勝利という機に乗じて日本最初の1万トン超の大型船を建造。その一艘が地洋丸で、香港とサンフランシスコを結ぶ太平洋航路に就航していた。ちなみに経由地は、廈門市、上海、長崎、神戸、横浜、ホノルルだった。

横浜からは客のほかに楽団員も乗り込んだ。太平洋上の長い船旅のレクリエーションを担うための要員だった。

前回でも触れたように、明治末期の日本では、イベントやパレードで“洋式の合奏”が披露されて人気を博していた。

こうした演奏を船内でも提供するために楽団員を雇用。その役目は、豪華客船にふさわしいようにと、専門教育を受けたプロの演奏家が担っていたようだ。

このときの乗船楽団員の名前はしっかりと記録に残っていて、出身も明らかだった。ヴァイオリンの波多野福太郎と田中平三郎、ヴィオラの奥山貞吉、ピアノの斉藤佐和、チェロの高桑慶照がその5名で、いずれも東洋音楽学校(現・東京音楽大学)を卒業して数年の若手だった。

つまり、彼らは“専門教育を受けたプロの演奏家”ということになるのだが、実際にはちょっとニュアンスが異なっていて、それが彼らの“ジャズに関わるきっかけ”になったのではないかと考えられるので、解説してみたい。

演奏家市場における需要と供給のねじれ現象

東洋音楽学校の創立は明治40年(1907年)。大衆音楽の隆盛によって需要が増えると思われていた演奏家を養成するための“専門学校”ではあったが、創立まもない当時は実績のなさもあって卒業生の就職先に苦慮していたというのが実状だった。

地方の活動写真館を回って、無声映画の伴奏で日銭を稼ぐぐらいしか勤め先が見つからなかった卒業生にとって、海難事故のリスクと長期拘束の不自由さが伴う仕事でも、まさに“渡りに船”だったことは想像に難くない。

余談だが、数年前、雑誌の取材でジャズ・ミュージシャンたちにインタヴューをしたときに、彼らが知り合うきっかけが豪華客船でのバンド演奏の仕事だったと聞いたことがある。

1日数回のステージがあって、航海中はほとんど休みがないうえに、リクエストがあれば本業のジャズ以外でも応じなければならないという仕事内容に「たいへんですね〜」と相槌を打つと、「でもね、仕事場に通う手間はないし、演奏時間以外は遊んでられるし、お金を使う場所もほとんどないから貯金はできるし、けっこういい仕事なんだよ〜」と、本音を漏らしてくれた。

さて、地洋丸に話を戻そう。行きの船中で波多野バンドは、「オリエンタル・ダンス」「キスメット」「金婚式」といった室内楽のレパートリーを演奏し、昼と夜の食事時などに客の無聊ぶりょうを慰める役割を担っていた。

ところが、困ったのは週末に開かれるダンス・パーティー。外国人客からリクエストされても曲を知らないので応えられず、少ないレパートリーを繰り返すだけと、自分たちのプロとしての力量のなさを痛感する日々だったようだ。

横浜を出て10日ほどでホノルル、さらに1週間ほどでサンフランシスコに到着した楽団員一行は、そんな肩身の狭さを解消すべく、楽器店へ駆け込んで、楽譜を買い漁ったという。

波多野バンドが持ち帰った最新流行音楽の譜面と現地での演奏経験は、日本に新たな洋楽のうねりを巻き起こすきっかけとなった。

そしてようやく、日本のジャズ・エイジ、大正時代の洋楽シーンが本格化する。

参考:内田晃一『日本のジャズ史=戦前・戦後』スイング・ジャーナル社

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:下野竜也さん「自分を楽しく表現できれば、誰でも『音で遊ぶ人』になれると思います」

5008views

音楽ライターの眼

連載14[ジャズ事始め]アメリカよりも箔が付いた?“ジャズの蜜月地”上海

3213views

Pacifica

楽器探訪 Anothertake

「自分の音」に向かって没入できる演奏性と表現力/エレキギター「Pacifica」

4049views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

12898views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

14655views

オトノ仕事人

コンピュータを駆使して、ステージのサウンドをデザインする/ライブマニピュレーターの仕事

12818views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

30918views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12614views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

25524views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

11730views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

5597views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12071views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13301views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

17051views

ヴァイオリンの街―クレモナの魅力

音楽ライターの眼

ヴァイオリンの街―クレモナの魅力

23731views

小見山優子さん

オトノ仕事人

ゲーム音楽は勝ってはいけない、負けてはいけない。大切なのは調和──/ゲームコンポーザーの仕事

2542views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

8096views

クラビノーバ「CSPシリーズ」

楽器探訪 Anothertake

これまでピアノを諦めていた多くの人を救う楽器。楽譜作成・鍵盤ガイド機能が付いた電子ピアノ/クラビノーバ「CSPシリーズ」

24150views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

10592views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

9806views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

62556views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

17385views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35431views