Web音遊人(みゅーじん)

久保田巧

オペラへの憧れと熱い思いがつまった、バイオリンシリーズの第4弾/久保田巧インタビュー

バイオリニスト久保田巧による『ヴァイオリンは歌う』シリーズ。ついに、2024年で4回目を迎える。今回は、幼少期から歌が好きだった久保田に「歌手になりたい!」と思わせたオペラ作品や、オペラとバイオリンの幸福な出会いを象徴するかのような名作品が演奏される。演目に込める思いを久保田本人に聞いた。

少女時代の夢をバイオリンで紡ぐ

幼いころから歌うのが大好きで、耳にした曲を手あたり次第に歌っていたというバイオリニストの久保田巧。中学時代に初めて歌劇『カルメン』の舞台に遭遇。その後、NHKが招聘したイタリア歌劇団の来日公演では、ドニゼッティの歌劇『ラ・ファヴォリータ』の舞台で世界が誇るオールスターキャストたちの生の歌声に接し、ますますオペラならではのダイナミックな魅力にのめり込んでいったという。
当時10代だった久保田の多感な心の中に芽生えたのは、「歌手になりたい!歌の勉強を始めたい!」という思い。しかし、この夢は両親に反対されあえなく陥落……。幼いころから馴れ親しんできたバイオリンを前にして、久保田は「この楽器で歌っていこう!」と力強く決意したのだった――。
そんな青春時代の甘酸っぱい夢がきっかけとなって始まった『ヴァイオリンは歌う』というコンサートシリーズも2024年で第4弾を迎える。バイオリンとピアノだけでオペラ作品をほぼ全曲、あるいは抜粋バージョンで演奏する“規格外”な演奏会。オペラ歌手顔負けの‟女優的”な久保田の姿に出会えるあの瞬間を、ファンは毎年、楽しみにしているに違いない。
「好きな作品ばかりをラインアップしている企画ですので、演奏している本人が誰よりも一番幸せだと自負しています(笑)。そんな思いを聴き手の皆様と身近に共有できたら何よりもうれしいです」と、久保田自身、喜びを隠せない様子だ。

声の力が生みだす音楽の力を信じて

2023年開催のシリーズ第3弾。前半プログラムを飾ったヴェルディの『椿姫』では、バイオリンとピアノ(共演は河原忠之)だけでアリアや重唱、合唱までを含め、ほぼ全曲に近い怒涛の演奏を敢行。パリの社交界に生きる高級娼婦ヴィオレッタが、結婚を間近にして最愛の男性の父親から身を引くことを強いられ、失意の中で病魔に蝕まれてゆく様をドラマティックに描き出した。むしろ、バイオリンという、言葉が発せない楽器だからこそ、ヴェルディという作曲家が渾身の力を込めて生みだした旋律の力を、ストレートに感じることができたようにさえ思われた。
「音楽において声の力に勝るものはないと思うんです。同じフレーズでも楽器で弾くのと、声で歌うのでは発する感情の密度やエネルギーが格段に違います。ですから、2023年の『椿姫』の取り組みは私にとって大きな挑戦でした。終演後、多くの方々から『二重唱、三重唱を感じさせる多彩な音色や言葉が手に取るように聴こえてきた』とコメントをいただいたのは本当にうれしかったですね」と振り返る。

久保田巧

10代のころの憧れが詰まったラインアップ

2024年6月16日(日)開催のシリーズ第4弾では、ついに自身が中学生のころにイタリア歌劇団公演で魅了された憧れの演目、ドニゼッティ『ラ・ファヴォリータ』から珠玉の数曲を演奏する。10代で「バイオリンで歌っていこう!」と決意したあの日の懐かしい記憶へと誘う、久保田にとって思い入れがある作品だ。
後半部分を彩るのはバイオリニストにとって、なくてはならないチャイコフスキーの作品の数々。中でも、歌とバイオリンの幸福な結びつきを導きだすべく久保田が選びだした一曲は、歌劇『エフゲーニ・オネーギン』から『手紙の場』だ。ひたむきな恋に憧れる10代の少女が歌う長大なモノローグは、プーシキンの名戯曲が紡ぐ言葉の美しさを、チャイコフスキーがそのままにメロディに描きだしたと言われている。それだけに、久保田が奏でるバイオリンの旋律が導きだす“見えざる言葉の力”を存分に味わうことができるだろう。
「この『手紙の場』を知らなければバイオリン協奏曲は理解できないとも言われています。特に『手紙の場』には、恋する少女のキラキラと輝く情熱と、はかなさのような複雑な感情が混在していて、才気に満ちた少女の内に秘めた思いが、バイオリン協奏曲の中にそのままに投影されているように感じています」
かつて10代で「歌を歌いたい」と心に強く感じた久保田だからこそ、自らが抱いたあの時の熱い思いを胸に、この恋する乙女の手紙にしたためられた情熱あふれる言葉をバイオリンの音色で雄弁に紡ぎだしてくれることだろう。
プログラムを締めくくるのは、やはりチャイコフスキーの名作『瞑想曲』と『ワルツ・スケルツォ』。幼いころからともに歩んできたバイオリンのための作品でフィナーレを飾る。

昨年に引き続きピアノ共演は名手の河原忠之。ユニークな語りと雄弁なピアノでさらにステージを盛り上げてくれることだろう。オペラをこよなく愛する二人の演奏家が繰り広げるドラマティックな世界に期待が高まる。

■久保田巧 ヴァイオリンは歌う vol.4 続・オペラの愉しみ

日時:2024年6月16日(日)15:00開演(14:30開場)
会場:トッパンホール(東京)
料金:5,500円(税込・全席指定)
詳細はこちら

久保田巧オフィシャルサイト

photo/ 田中恒太郎

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