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マドレデウス、ファドと室内楽を融合、ポルトガル現代史の音画、中世抒情歌とラヴェルも吸収

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase38)マドレデウス、ファドと室内楽を融合、ポルトガル現代史の音画、中世抒情歌とラヴェルも吸収

マドレデウスはクラシックとポップスの垣根を越えて世界を魅了するポルトガルの音楽集団だ。その本質は同国の民俗歌謡ファドと室内楽の融合にある。2024年はサラザールが敷いた独裁体制を打倒した軍事クーデター「カーネーション革命」から50周年。民主化したポルトガルの音楽を代表するのがマドレデウス。中世抒情歌からラヴェル、様々なポップスの要素も取り込んだポルトガル現代史の音画の魅力を確かめよう。

民主化とEU加盟、音楽も人気に

マドレデウスという名は懐かしさを伴う。清澄な歌声で象徴的存在だったテレーザ・サルゲイロが2007年に脱退して随分経つからだ。マドレデウスはメンバーを変えながらも今も活動しているが、テレーザ時代のアルバムはサウダージにも似た郷愁を誘う。1985年結成後、テレーザの歌唱で87年の「マドレデウスの日々(Os dias da Madredeus)」から2005年の「テージョ川の帆船(Faluas do Tejo)」まで計8枚のオリジナルアルバムを発表した。

「海と旋律(O Pastor)」「未来の霧(As Brumas do Futuro)」「アルファマ(Alfama)」など17曲を収めたベスト盤「アンソロジー(Antologia)」(2000年、ワーナー)㊨、「戦士たち(Os Senhores da Guerra)」を収めたオリジナルアルバム第3作「陽光と静寂(O Espírito da Paz)」(1994年、ワーナー)㊧

左から、「戦士たち(Os Senhores da Guerra)」を収めたオリジナルアルバム第3作「陽光と静寂(O Espírito da Paz)」(1994年、ワーナー)、「海と旋律(O Pastor)「未来の霧(As Brumas do Futuro)」「アルファマ(Alfama)」など17曲を収めたベスト盤「アンソロジー(Antologia)」(2000年、ワーナー)

「英国にとってのビートルズのような存在」「ファドとも異なる新しい音楽」と2000年代初めにリスボンのファド・ハウスで会った地元の人たちはマドレデウスを評していた。ポルトガルの民族音楽と室内楽を融合し、同国の風景を音楽にすることを目指して結成された。編成は時期によって異なるが、基本はボーカルとクラシックギター、チェロ、アコーディオン、キーボード。ファドと弦楽四重奏の楽器を取捨選択したような編成だ。ドラムスがないので、室内楽風のサウンドが強まる。パリ・ミュゼットやタンゴの要素も感じられる。


Madredeus – Alfama

マドレデウスの世界的人気の高まりは、民主化したポルトガルの高度経済成長と同期していた。ポルトガルがEUの前身である欧州共同体(EC)に加盟したのが1986年。同国の実質経済成長率は86~92年に3~7%台で推移し、96~2000年も3~4%台の成長を維持した。だが2007年に世界金融危機が発生。2010年には欧州通貨危機となり、ユーロ経済圏で脆弱と見なされたポルトガルも困難に直面し、その後はマイナス成長と低成長期が続く。それはテレーザが去り、マドレデウスの活動に一区切りが付いた時期と重なる。

カーネーション革命と戦争と平和

ポルトガルがEUの一員となり、未来への楽観ムードが広がっていた時期でも、マドレデウスの曲には過去へのまなざしがあった。ポルトガルの現代史は重く暗い。サラザールがエスタド・ノヴォ(新国家)と呼ぶ全体主義体制を築いたのは、ヒトラーによる独ナチス政権の発足と同じ1933年。秘密警察を使って反体制派を弾圧した。以来、欧州最長といわれる独裁政治が後継の代を含め1974年まで続いた。末期にはアフリカ植民地アンゴラ、ギニアビサウ、モザンビークの独立戦争が財政を圧迫し、ポルトガルは西欧で最貧国レベルに転落した。危機感を募らせた軍部が決起して独裁政権を打倒し、民主化への道を開いた無血革命が74年のカーネーション革命である。


MADREDEUS – As Brumas Do Futuro – [Official Music Video ]

ベスト盤「アンソロジー(Antologia)」に収められたマドレデウスの名曲「未来の霧(As Brumas Do Futuro)」は、カーネーション革命を扱ったマリア・デ・メデイロス監督の映画「四月の大尉たち(Capitães de Abril)」(2000年)のテーマ曲となった。マドレデウスのギタリスト、ペドロ・アイレス・マガリャンエスが作詞。この曲を含め同映画の音楽を担当した作曲家アントニオ・ヴィトリーノ・デ・アルメイダがピアノで参加している。


Madredeus – Live in tokyo – Japan “Os Senhores da Guerra”

マドレデウスは愛や自然や郷愁について歌っている印象があるが、歌詞は哲学的で、政治的メッセージ性の強い曲もある。オリジナルアルバム第3作「陽光と静寂(O Espírito da Paz)」に収められた「戦士たち(Os Senhores da Guerra)」(チェロのフランシスコ・リベイロとマガリャンエス作詞、リベイロ作曲)も戦争と平和について歌っている。ウクライナ・ロシア戦争とパレスチナ・イスラエル戦争が続いた2024年、この曲を聴くと、抑制の中に熱情がほとばしる室内楽サウンドと歌のメッセージに感動する。

19~20世紀初めにタイムスリップ

リスボンの街はパリと同様、19~20世紀初めの古い建物と生活空間がそのまま残っている。独裁政権下、ポルトガルは中立政策で第二次世界大戦を切り抜け、戦火を免れたからだ。しかし遡って1755年のリスボン大地震では、倒壊と津波、大火災によって首都は壊滅した。ポルトガルのバロック期を代表する作曲家カルロス・セイシャス(1704~42年)の作品のほとんどは焼失し、歌劇場も全焼した。同国の近代音楽史が他国に比べて薄く感じられるのも18世紀の震災が響いている。


Cantiga de Amigo – Lírica Galaico Portuguesa (Música Medieval)

その後、人々はギターと歌だけで奏でられるファドを国民歌謡として育んできたが、マドレデウスの音楽には震災以前の古楽からの影響も感じられる。その一つがカスティーリャ王アルフォンソ10世の孫ディニス1世統治下の13~14世紀ポルトガルで作られたカンティガ・デ・アミーゴ。会えない恋人への女性の愛を切々とうたう中世の抒情歌だ。ファドやボサノヴァのサウダージの源泉ともいえる古風な純情がマドレデウスの歌にはある。


Dover Quartet – Ravel: String Quartet in F Major, Mvt.2

室内楽からの影響では、ヴィヴァルディやバッハに加え、近代フランスの作曲家フォーレやラヴェルの響きも聴こえてくる。特にラヴェルの「弦楽四重奏曲」、とりわけピツィカートがリズムを刻む第2楽章は、撥弦楽器のギターと弦楽によるマドレデウスのサウンドに近い。

7つの海に進出した海上帝国の栄華を忍ばせつつ、19~20世紀初めにタイムスリップしたようなリスボンの街並みとマドレデウスの音楽。欧州大陸の西の果てにある音楽の都リスボン。ポルトガルを旅しよう。

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池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
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