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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#73 型破りのジャズ・フルートを確立させた繊細でモダンなピアノ・マジック~ビル・エヴァンス・ウィズ・ジェレミー・スタイグ『ホワッツ・ニュー』編

1974年、中学生になってブリティッシュ・ロックに目覚めていたボクは、東京・渋谷のNHKホールで開催されたジェスロ・タルの日本公演チケットを手にしていました。

1967年にイングランドで結成されたジェスロ・タルは、中心メンバーのイアン・アンダーソンがヴォーカル&フルート担当で、その来日ステージでは中央で片足を上げながらアグレッシヴにプレイするようすを目の当たりにすることができ、「かっこいい~」と嬌声を上げたことを覚えています。

ボクの(クラシックのフルートではない)フルート好きは、そこから始まりました。

高校生になり、学校をサボって東京・中野にあったジャズ喫茶“ビアズレー”を訪れた際、巨大なスピーカー“パラゴン”から鳴り響いていたのが、本作のジェレミー・スタイグでした。

フルート好きのボクの心にジャズ・フルートの火が付いたのは、その瞬間だったのです。

それから50年、改めて聴くジェレミー・スタイグのフルートは、まだボクの心を燃やし続けています。

その原動力となっているのはなんなのか──を探ってみたいと思います。


What’s New

アルバム概要

1969年に米ニューヨーク・マンハッタンのイースト・ヴィレッジにあるナイトクラブ兼コンサート会場“ウェブスター・ホール”でレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤(A面4曲B面3曲の全7曲)でリリース、オープンリール・テープやカセットテープのヴァージョンがあります。同曲数同曲順でCD化。

メンバーは、ピアノがビル・エヴァンス、フルートがジェレミー・スタイグ、ベースがエディ・ゴメス、ドラムスがマーティ・モレル。

収録曲は、ジャズ・スタンダード・ナンバー、ビバップやハード・バップの有名曲、シャンソンの有名曲、1960年公開の映画『スパルタカス』(スタンリー・キューブリック監督、カーク・ダグラス製作総指揮・主演)の挿入曲などが混在した、バラエティ豊かな構成。ビル・エヴァンスのオリジナルも1曲(「タイム・アウト・フォー・クリス」)収録されています。

“名盤”の理由

ジェレミー・スタイグは1942年、米ニューヨーク生まれ。11歳からフルートを習い、16歳になるころにはプロとして活動を始めますが、1962年に交通事故で顔面麻痺となり、片耳の聴力も失ってしまいます。

一時は画家への転身も考えますが、意を決して、音楽家への復帰を選び、麻痺した口でも演奏できる独自のマウスピースを作って活動を再開。

1963年にデビュー作『フルート・フィーヴァー』を制作し、その超絶技巧を駆使したパワフルなプレイが賞賛を浴びることになります。

1966年にシンガーソングライターのティム・ハーディンのバックバンドとして結成したジェレミー・スタイグ・アンド・ザ・サテュロス名義でリリースした『ジェレミー&ザ・サテュロス』ではポップ・シーン(フォーク寄り)に傾きますが、再びジャズへ重心を置いて制作したのが本作です。

肉体的なハンディキャップを乗り越えただけでなく、他を圧倒するパフォーマンスを披露したことで、本作はジャズ・フルートにおける“名盤”となりました。

いま聴くべきポイント

本作は、ジェレミー・スタイグの代表作であることに異論はないのですが、ビル・エヴァンスのネームヴァリューを高める作品、あるいは彼のディスコグラフィに列せられるべき作品という意見については承服しかねます。

というのも、本当ならば本作はその5年前に、音楽シーンへ復帰したジェレミー・スタイグによるジャズ・フルートのイメージを覆す衝撃作として世に送り出されるものだった──と推測しているからです。

5年前といえば、先述のジェレミー・スタイグのデビュー作『フルート・フィーヴァー』が制作&リリースされるタイミング。

『フルート・フィーヴァー』はジェレミー・スタイグにピアノのデニー・ザイトリンのトリオが参加して制作されました。デニー・ザイトリンは活動初期にビル・エヴァンスの支援を受けていて、彼が作曲した『クワイエット・ナウ』はビル・エヴァンスのレパートリーのひとつであり、アルバム・タイトルにもなっている、という関係。

当初、ジェレミー・スタイグのデビュー作のためにと、ビル・エヴァンスにオファーがあったかどうかは定かではありませんが、その時期のビル・エヴァンスにはジェレミー・スタイグのパワフルなプレイを受け止め、デビューをアシストする余力がなかったのではないかと思うのです。

そのあたりの事情は本連載の『ムーンビームス』(#022)で触れているので参照ください。

なにしろ、ビル・エヴァンスはその少し前(1961~62年)にフルートのハービー・マンをフロントにしたアルバム『ニルヴァーナ』を制作しているのですが、これを聴くと「(その時点で)ジェレミー・スタイグとの共演は難しい」と誰もが思うであろうほど、ビル・エヴァンスのサウンドが沈みきっているのです。

こうした経緯があって、5年後に(奇行が目立つようになっていたティム・ハーディンとの活動から離れたジェレミー・スタイグを)再びジャズ・フルート奏者としてリブランディングしようと、元気を取り戻していたビル・エヴァンスと彼のトリオを迎えて制作した──というのが本作であると思います。

『フルート・フィーヴァー』と本作を比べてみると、『ラヴァー・マン』と『ソー・ホワット』の2曲が重複しているだけでなく、ほかのセレクションも似た曲調になっています。

つまり本作は、『フルート・フィーヴァー』のリメイク版と言えるわけですが、それが“焼き直し”などと揶揄されることなく、元ネタを凌駕してジャズ・シーンのエポックとなったことに意味があると、ボクは思うのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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