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英国ソウル&ブルース・シンガー、クリス・ファーロウの評伝が海外で刊行。その豊潤な軌跡を追跡する
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2025.12.5
tagged: ペーター・ブルモンド, The Voice, 音楽ライターの眼, クリス・ファーロウ
クリス・ファーロウの評伝本『The Voice – Chris Farlowe』が刊行された。
ドイツの著者ペーター・ブルモンドによる入魂の本書。イギリスを代表するソウル&ブルース・シンガーとして1960年代から現在まで活動するクリスの軌跡を、濃厚なテキストと貴重な写真やポスターなどの図版を交えながら、300ページ以上にわたって徹底追跡している。
クリス(本名ジョン・デイトン)は1940年、ロンドン北部のイズリントン生まれ。ジョン・レノンやクリフ・リチャードと同い年となる。1950年代後半のスキッフル・ブーム下でデビューした彼は1960年代、ロンドンのR&Bシーンからブレイク、『アウト・オブ・タイム』(1966年/ザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズ作曲)は全英ヒット・チャート1位となった。自らのバンド、サンダーバーズを率いて契約レーベル“イミディエイト・レコーズ”の看板アーティストとして躍進を続けた彼だが、ブームの終焉とレーベルの閉鎖を経て1970年にコロシアムに加入。続いて1972年にはアトミック・ルースターに参加するなど、ハードでプログレッシヴな路線に転向してファンを驚かせた。
自動車事故に遭って療養を必要としたり、副業として始めたミリタリー・グッズ・ショップ“コール・トゥ・アームズ”が多忙だったりしたこと(小売りに加えて『遠すぎた橋』『ナバロンの嵐』などの大作映画に衣装や小道具をレンタル、一時は音楽活動の4倍の収益があったとか)、さらにパンクやディスコといった新しい音楽スタイルの台頭により、クリスはシーンの最前線からフェイドアウトしていく。
彼が新たな注目を集めるのが1980年代、レッド・ツェッペリン解散後のジミー・ペイジとの合体だった。彼は映画『ロサンゼルス Death Wish 2』とジミーのソロ作『アウトライダー』に参加。そのソウルフルな歌いっぷりで新しい世代のファンを獲得した。
それからソロ・キャリアを続ける一方で、1994年にはコロシアムの再結成に参加。ソロ名義でのアルバムは『Hotel Eingang』(2008)が最新だが、近年コロシアムで『Time On Our Side』(2014)、『Restoration』(2022)、『XI』(2025)を発表するなど、本書では85歳までの活動について記している。

『The Voice』にはファンがクリス・ファーロウについて知るべきあらゆる事実が記されている。その生い立ち、受けてきた影響、音楽的遍歴、その人柄など、とにかく情報が満載。「“クリス”は友人の命名、“ファーロウ”はタル・ファーロウから取った」「1960年代初め、ザ・ビートルズと同時期にドイツのハンブルクで活動していたが、一度も接点がなかった」「ザ・ビートルズより前に『イエスタデイ』をレコーディングする可能性があった」「彼をコロシアムに誘ったのは、かつてファイアバーズの一員だったデイヴ・グリーンスレイド」「アトミック・ルースターでの活動は楽しい経験でなく、短期間で脱退した」「地方税未納で逮捕されたとき、保釈金を払ってくれたのは英国ブルースの名プロデューサー、マイク・ヴァーノンだった」などなど、誇張でなく1ページごとに知られざる事実が判明。著者は2017年にクリスとロング・インタビューを行い、それからも接点を持ってきたというが、読み込んだ資料も膨大なもの。巻末の参考文献リストは著者の執念を感じさせるものだ。
ちなみに著者のブルモンド氏は1970年代からクリスを追ってきた熱心なファン。クリスが母国イギリスと同様、あるいはそれ以上にウェイトを置いてきたドイツでの活動についても詳細な記述をしていて多くの発見がある。なお本書は元々ドイツ語で書かれたものだが、英語版もスムーズに読むことが可能だ。
クリス自身も本書と共に写真に収まり、刊行イベントにも出演するなど、ほぼ“公認”伝記本といえるが、遠慮や忖度のない筆致で語られている。1980年代以降のクリスがレコード会社と契約するのに苦労し、アルバムを出しても流通がよくなかったり、ツアーでの待遇がよくないなど、辛気くさい話は読んでいて心地よいものではないものの、“大本営発表”に終始することがないのは好感を持つことができる。
さらにクリスのヴィジュアルを揶揄するメディア記事を具体的な表現を上げて批判したり、ジミー・ペイジの公式サイトで販売された1960年の初期音源集『The Beginning…』について、10倍の価格の“スペシャル・エディション”はブックレットにサインがあるだけで、サイトに書いてあった特典が付いていなかったことに言及。「メールで問い合わせしたが返事がない!」とクレームを入れるなど、読んでいて冷や汗をかいてしまう箇所もあるが、事実を羅列するだけでなく、そんな人間的な部分も楽しむことが可能な一冊だ。
本書にも言及があるが、クリスの人生を追ったドキュメンタリー映画『Out Of Time : A Film About Chris Farlowe』が制作中といわれている。実際には2011年からスタート、映画公式サイトでは2024年に楽曲の権利をクリアするためのクラウドファンディングを開始予定と宣言していたが、それが実現する気配は現在のところ見られない。近年ではテリー・リードのドキュメンタリー映画『Superlungs』が途中で頓挫してしまっているが、こちらは何とか完成までこぎ着けて欲しいものである。
クリスは2007年、コロシアムの初来日公演に同行。2016年のアルバート・リー公演にはスペシャル・ゲストとして参加、4曲を歌った。85歳という年齢を考えると今後の再来日は困難のようにも思えるが、コロシアムは2026年にもヨーロッパ・ツアーを行うことが発表されており、その流れで日本にももう一度?……と期待してしまう。ネットで聴くことができる歌声はほどよく枯れて、それでも力強さを持っているため、ぜひまた戻ってきて欲しいものだ。
『The Voice』は自主出版ながら、ドイツ語版・英語版共にアマゾンなどの通販サイト、そしてコロシアムのジョン・ハイズマン公式サイトから購入することが可能。ブルモンド氏は筆者(山﨑)とのメッセージのやり取りで「日本にクリスのファンがいるとは知らなかった!」と喜んでおり、日本語訳の刊行を希望している。いつかそれが実現することを祈りたい。


発売元:Isensee Florian GmbH
発売日:2025年10月12日
詳細はこちら
文/ 山崎智之
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