今月の音遊人
今月の音遊人:木根尚登さん「やっぱりバンドがやりたい!理想は『あまちゃんスペシャルビッグバンド』」
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2005年1月、ミューザ川崎シンフォニーホールでグランドピアノ6台を並べたコンサートが開催された。
名付けて“ジャズ・ピアノ6連弾”。
仕掛け人はこのホールのアドバイザーに就任していた佐山雅弘。彼が声をかけたのは、小原孝、国府弘子、塩谷哲、島健、山下洋輔という面々だった。
クラシックホールを舞台に、通念的なジャズではやらないことをやってみよう──というのが発端だったと聞いているが、確かに6人が6様に、自身のクラシックホールとの向き合い方を考えた演奏を披露し、企画は大成功。以降も継続してツアーを組むほどの人気コンサートになっている。
それ以前にもピアノを何台も並べて弾き競うというライヴはあったのだけれど、ソロのジャズ・ピアノのコラージュといった印象を超えるものはなかったというのが正直なところ。
それに対して“ジャズ・ピアノ6連弾”は、連弾によるピアノ複数台の音の重なりのおもしろさはもちろん、ホール音響に対する個々の解釈の違いをそのまま観客が受け止めるという、ある意味で無責任な、言い換えればそれこそがジャズ的なアプローチを意識して持ち続けていたと思うのだ。
佐山雅弘はこの企画の2年前に、東京文化会館小ホールで自身の初となる“ピアノソロリサイタル”を行なっている。そのときに選んだ曲目が、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」だった。
主題に基づいた変奏曲とはいえ、32曲に及ぶ大作であることから、クラシック音楽をマスターしたプロのピアニストといえども迂闊に手を出すことができない難曲として知られる。
佐山雅弘も満を持してこの公演に臨んだわけだが、このステージのボクの印象は、彼の健闘こそたたえるものの、曲を弾き倒すまでには至らなかったというものだった。
おそらく佐山雅弘自身もそう感じていただろうことは、その後も数年、場所を変えてこの“plays ゴールドベルク”のコンサート・シリーズを続けていたことから窺える。
佐山雅弘は1953年生まれだから、「ゴールドベルク変奏曲」を弾くために東京文化会館小ホールのステージに立とうと決意したのは50歳という節目を目の前にした時期ということになる。
もちろん彼にクラシックのピアニストに転身するつもりはなかっただろうが、心の底に蓋をして閉じ込めていたクラシックへの感情を、そのときから隠そうとしなくなったのではないかと思っている。
ここで指摘したいのは、佐山雅弘が、クラシックを弾くときにはクラシックの思考になろうとしていたことだ。
つまり、彼の意識のなかでは、ジャズとクラシックをしっかりと分けていたことになる。あれほどの饒舌なピアニストが、だ。
これに類似した例を、山下洋輔にも見ることができる。
2000年初演の「ピアノ協奏曲第1番 即興演奏家の為の《エンカウンター》」以降、寡作ではあるが、クラシックのフォーマットに則った作品を発表し続けている。
その内容は、ピアノ・パートこそ山下洋輔ならではのスタイルを織り込んでいるものの、交響楽団が演奏できることを前提にした構成という意味で、ジャズではなくクラシックになっている。ジャズさえもドシャメシャに壊し続けてきたのに、明らかに“しっかりと分けて”いるのだ。
本田竹広が2005年に紀尾井ホールで行なったピアノリサイタルも、やはり“しっかりと分けて”いるという印象が残ったステージだった。
このリサイタルは、彼が脳血管障害によって失った左半身機能のリハビリを経て復帰する際の大きな目標であった、ベートーベンの「月光」(ピアノソナタ第14番)を弾くために設けられたものだった。
「月光」がピアニストにとってどれだけ負担の大きい楽曲かということを、ボクはそのときには想像できなかったのだけれど、つい最近、ブルーノ・レオナルド・ゲルバーが弾く「月光」を観て、本田竹広が“しっかりと分けて”弾きたかった想いを理解できたような気がした。
この“しっかりと分けて”という意識が、今回のシリーズのテーマである“ジャズはクラシックのなれの果てなのか?”に関係しているかどうかの論考を、次回に展開してみたい。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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