今月の音遊人
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今月の音遊人:佐渡裕さん「音楽は、“不要不急”ではない。人と人とがつながり、ともに生きる喜びを感じるためにある」
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2021.7.1
クラシックをあまり聴かない人でも、佐渡裕さんの存在を知っている人は多いのではないでしょうか。2021年に還暦を迎え、指揮者としてますますエネルギッシュに、ポジティブに音楽の持つ力を幅広い層に伝えている佐渡さん。その原点にある想いを語っていただきました。
やはり作曲家でいうとベートーヴェンになるでしょうね。クラシック少年だったので、いちばん最初はカラヤンが指揮するレコードで『交響曲第5番《運命》』などは、盤が擦り切れるまで聴きました。カラヤン&ベルリン・フィルが来日してベートーヴェンの交響曲全曲を演奏したときにFMで放送があったのですが、ステレオの前にかじりついてワクワクしながら聴いたのを憶えています。
1987年にバーンスタインに出会ったことも大きな出来事です。彼がウィーン・フィルとの演奏旅行で『交響曲第7番』を指揮したときは、同行して指揮のレッスンを受けました。89年にコンクールに優勝し、日本でプロの指揮者としてデビューする際に、バーンスタイン自身がこの曲をデビュー曲にと勧めてくれました。
そんな中、とくに『交響曲第9番』は、学生時代からいろいろな指揮者の演奏を聴いて、合唱団では自分でも歌って、やがて指揮者として自分が指揮するようになって、1999年から「1万人の第九」を山本直純さんから引き継いで……と、自分の人生のどのステージにおいても身近な存在でした。指揮した回数は軽く200回を超えているでしょうね。けれど、第九という作品は、このコロナ禍においてますます大きな力を僕に与えてくれています。シラーの歌詞に「抱き合いなさい」とありますが、ハグどころか握手さえできない今、人々は心と心で抱き合わなければならないわけです。互いにリスペクトして、力を合わせて困難を乗り越えていこうというのが、この作品のメッセージでもあり、ベートーヴェンの偉大さをあらためて感じる理由です。
僕は指揮者なので、音程を直すことであったり、美しいフレーズを作ることであったり、的確なテンポを与えることが仕事です。けれど、そういった次元を超えて、究極的に音楽というのは、「さまざまな人々が一緒に生きていることを喜びだと思える、そのためにあるもの」だと思っています。生まれた場所も違う、育った環境も違う、言葉も違う他人同士が手をたずさえて生きることに、なかなか喜びを感じにくい時代ですし、実際に悲惨な事件や戦争も日々あちこちで起きています。それでも、人と人とのつながりを呼び覚ましてくれるのが音楽なのではないでしょうか。
阪神・淡路大震災から10年を経た2005年、まだ震災の傷跡が残る西宮の地にオープンした兵庫県立芸術文化センターの芸術監督をしていて感じるのは、音楽は決して「不要不急」ではないということです。オーケストラが舞台上でなにかエネルギーを発すると、客席の2,000人のお客さんたちの心と心が共振するんですね。音は物理的に言えば空気の振動でしかないのに、そこに集った2,000人はなんの血のつながりもない他人なのに、同じ音楽に触れて時間をともにすることで、ひとつになれる。東日本大震災の被災地でも、そんな瞬間を何度も見てきました。ですから今、ソーシャルディスタンスをとらなくてはいけない状況でも、人と人のつながりを失わないようにするのが僕の仕事だと思っています。それがコロナに負けないということだと。
音楽を仕事にしている僕なんかは「音で遊ぶ人」なのかなあ?「自分の好きなことを仕事にしてよかった」と言う人と、「本当に好きなことは仕事にしない方がいい」と言う人と、両方いますよね。ひとつ言えることは、2020年、演奏会が何十本もキャンセルになったとき、心の底から「音楽したい!」って思ったんですよね。指揮がしたかったし、自分のオーケストラのメンバーと会って、みんなで音を鳴らしたかった。それまでは世界をあちこち飛び回って、仕事を詰めこみすぎだと思っていたのに、いざ予定がなくなってぽかーんと空いてしまうと、「ああ、僕はやっぱり音楽がものすごく好きなんだ」と実感しました。
一方で、「音で遊ぶ人」という言葉で頭に浮かんだのは、小学校からの大親友のことです。普通の会社員なのですが、ロックやジャズ、ポップス系の音楽に関しては誰よりも詳しくて、いつも音楽に包まれている。今でも年に数回は会って、レコードをかけてくれる恵比寿のバーに一緒に行くのですが、曲がはじまった途端に「これはなんとかというグループで、誰々のこうしたプレイがすごくて……」と延々話し続けるんです。学生時代はギターやブルーグラスのマンドリンを弾いてもいましたね。そうやって音楽を心から楽しんでいる人の姿を想像します。
佐渡裕〔さど・ゆたか〕
京都市立芸術大学卒業。1987年アメリカのタングルウッド音楽祭に参加。その後、レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。89年新進指揮者の登竜門として権威あるブザンソン国際指揮者コンクールで優勝、国際的な注目を集める。現在は欧州の拠点をウィーンに置き、2015年よりトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督を務めているほか、ヨーロッパにて一流オーケストラへの客演を毎年多数重ねている。国内では兵庫県立芸術文化センター芸術監督、シエナ・ウインド・オーケストラ首席指揮者を務める。音楽番組『題名のない音楽会』(テレビ朝日系列)の司会者を7年半にわたって務めた。
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