Web音遊人(みゅーじん)

今月の音遊人:佐渡裕さん「音楽は、“不要不急”ではない。人と人とがつながり、ともに生きる喜びを感じるためにある」

クラシックをあまり聴かない人でも、佐渡裕さんの存在を知っている人は多いのではないでしょうか。2021年に還暦を迎え、指揮者としてますますエネルギッシュに、ポジティブに音楽の持つ力を幅広い層に伝えている佐渡さん。その原点にある想いを語っていただきました。

Q1.これまでの人生の中で一番多く聴いた曲は何ですか?

やはり作曲家でいうとベートーヴェンになるでしょうね。クラシック少年だったので、いちばん最初はカラヤンが指揮するレコードで『交響曲第5番《運命》』などは、盤が擦り切れるまで聴きました。カラヤン&ベルリン・フィルが来日してベートーヴェンの交響曲全曲を演奏したときにFMで放送があったのですが、ステレオの前にかじりついてワクワクしながら聴いたのを憶えています。
1987年にバーンスタインに出会ったことも大きな出来事です。彼がウィーン・フィルとの演奏旅行で『交響曲第7番』を指揮したときは、同行して指揮のレッスンを受けました。89年にコンクールに優勝し、日本でプロの指揮者としてデビューする際に、バーンスタイン自身がこの曲をデビュー曲にと勧めてくれました。
そんな中、とくに『交響曲第9番』は、学生時代からいろいろな指揮者の演奏を聴いて、合唱団では自分でも歌って、やがて指揮者として自分が指揮するようになって、1999年から「1万人の第九」を山本直純さんから引き継いで……と、自分の人生のどのステージにおいても身近な存在でした。指揮した回数は軽く200回を超えているでしょうね。けれど、第九という作品は、このコロナ禍においてますます大きな力を僕に与えてくれています。シラーの歌詞に「抱き合いなさい」とありますが、ハグどころか握手さえできない今、人々は心と心で抱き合わなければならないわけです。互いにリスペクトして、力を合わせて困難を乗り越えていこうというのが、この作品のメッセージでもあり、ベートーヴェンの偉大さをあらためて感じる理由です。

Q2.佐渡さんにとって「音」や「音楽」とは?

僕は指揮者なので、音程を直すことであったり、美しいフレーズを作ることであったり、的確なテンポを与えることが仕事です。けれど、そういった次元を超えて、究極的に音楽というのは、「さまざまな人々が一緒に生きていることを喜びだと思える、そのためにあるもの」だと思っています。生まれた場所も違う、育った環境も違う、言葉も違う他人同士が手をたずさえて生きることに、なかなか喜びを感じにくい時代ですし、実際に悲惨な事件や戦争も日々あちこちで起きています。それでも、人と人とのつながりを呼び覚ましてくれるのが音楽なのではないでしょうか。
阪神・淡路大震災から10年を経た2005年、まだ震災の傷跡が残る西宮の地にオープンした兵庫県立芸術文化センターの芸術監督をしていて感じるのは、音楽は決して「不要不急」ではないということです。オーケストラが舞台上でなにかエネルギーを発すると、客席の2,000人のお客さんたちの心と心が共振するんですね。音は物理的に言えば空気の振動でしかないのに、そこに集った2,000人はなんの血のつながりもない他人なのに、同じ音楽に触れて時間をともにすることで、ひとつになれる。東日本大震災の被災地でも、そんな瞬間を何度も見てきました。ですから今、ソーシャルディスタンスをとらなくてはいけない状況でも、人と人のつながりを失わないようにするのが僕の仕事だと思っています。それがコロナに負けないということだと。

Q3.「音で遊ぶ人」と聞いてどんな人を想像しますか?

音楽を仕事にしている僕なんかは「音で遊ぶ人」なのかなあ?「自分の好きなことを仕事にしてよかった」と言う人と、「本当に好きなことは仕事にしない方がいい」と言う人と、両方いますよね。ひとつ言えることは、2020年、演奏会が何十本もキャンセルになったとき、心の底から「音楽したい!」って思ったんですよね。指揮がしたかったし、自分のオーケストラのメンバーと会って、みんなで音を鳴らしたかった。それまでは世界をあちこち飛び回って、仕事を詰めこみすぎだと思っていたのに、いざ予定がなくなってぽかーんと空いてしまうと、「ああ、僕はやっぱり音楽がものすごく好きなんだ」と実感しました。
一方で、「音で遊ぶ人」という言葉で頭に浮かんだのは、小学校からの大親友のことです。普通の会社員なのですが、ロックやジャズ、ポップス系の音楽に関しては誰よりも詳しくて、いつも音楽に包まれている。今でも年に数回は会って、レコードをかけてくれる恵比寿のバーに一緒に行くのですが、曲がはじまった途端に「これはなんとかというグループで、誰々のこうしたプレイがすごくて……」と延々話し続けるんです。学生時代はギターやブルーグラスのマンドリンを弾いてもいましたね。そうやって音楽を心から楽しんでいる人の姿を想像します。

佐渡裕〔さど・ゆたか〕
京都市立芸術大学卒業。1987年アメリカのタングルウッド音楽祭に参加。その後、レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。89年新進指揮者の登竜門として権威あるブザンソン国際指揮者コンクールで優勝、国際的な注目を集める。現在は欧州の拠点をウィーンに置き、2015年よりトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督を務めているほか、ヨーロッパにて一流オーケストラへの客演を毎年多数重ねている。国内では兵庫県立芸術文化センター芸術監督、シエナ・ウインド・オーケストラ首席指揮者を務める。音楽番組『題名のない音楽会』(テレビ朝日系列)の司会者を7年半にわたって務めた。
オフィシャルTwitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:宇崎竜童さん「ライブで演奏しているとき、もうひとりの宇崎竜童がとなりでダメ出しをするんです」

13962views

音楽ライターの眼

世界初演、サクソフォン最前線/須川展也&田中靖人 サクソフォンデュオ・コンサート~ピアニスト、小柳美奈子と共に~

4052views

赤ラベルが再現!ヤマハギター50周年記念モデル

楽器探訪 Anothertake

赤ラベルが再現!ヤマハギター50周年記念モデル

12954views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

18185views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

10536views

地代所悠/コントラバスヒーロー

オトノ仕事人

「コントラバスヒーロー」として音楽と三浦半島の魅力を伝える/音楽で活躍するご当地ヒーローの仕事

2783views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

14363views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10386views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13583views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

2189views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

5365views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35113views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13121views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

15602views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.9

3671views

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

8248views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

2189views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

15709views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

13529views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

6640views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

23814views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4505views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11870views