Web音遊人(みゅーじん)

斎藤雅広「ナゼルの夜会」

デビュー40周年を迎えた斎藤雅広が世に送り出す、舞踊の空気ただようアルバム

学生時代に「藝大のホロヴィッツ」の異名を取り、今日まで超絶技巧や難度の高い箇所をものともせずに疾走していく爽快なテクニックを披露し、近年はそこに成熟した表現力と情感豊かな響きを加味した特有のピアニズムを聴かせている斎藤雅広。彼がデビュー40周年を迎え、記念アルバムをリリースした。

オープニングはスクリャービンのはなやかで典雅な「ワルツ 変イ長調」が奏でられ、舞踏会に招かれていくよう。次いで登場するのは、プーランクの「ナゼルの夜会」。この作品は友人たちを素材とした8つの変奏曲からなり、斎藤雅広は各曲を個性あふれる人物像を描き出すように奏で、それぞれが芝居の登場人物のように描かれ、表情豊かに演奏されていく。最後に置かれたのは、シューマンの「謝肉祭」。この作品もさまざまな人物が描かれ、各々の人物が生き生きと奏でられている。

このアルバムは全編に粋で洒脱な舞踊の空気がただよい、聴き手はピアノの調べとともに自分のからだが自然に動いていくのを感じる。リズムを刻み、旋律をうたい、空想の世界へと心は飛翔し、音楽のすばらしさを体感するのである。

斎藤雅広は、以前からエンターテイナー的な演奏を目指している。

「トニー・ベネットが”やりたくてうたっているうちはダメで、やらなくてはならないからうたうんだ”ということばを残していますが、それがぼくの座右の銘なんです。弾かなくてはならないから弾いている。ぼくは元来引っ込み思案な性格のため、若いころに一度ピアノを弾くのをやめようかと悩んだ時期がありますが、先生に”本当にやめられるのか、やめられないだろう”と突き放すようにいわれ、腰がすわったわけです。以後、ピアノが弾けるのであればどんな場所でも演奏するという気持ちになりました。40年間にはさまざまな苦難を経験し、ひとつずつ乗り越えてきましたが、いまはどうしたら聴衆に楽しんでもらえるかを一番に考え、それが問題を乗り越える力となっています」

こう語る彼はテレビ出演も多く、エンターテイナーぶりが幅広いファン層を獲得。室内楽や声楽家との共演も積極的に行い、作・編曲も手がける。休む暇もない超多忙な身だが、ステージでは常に楽しさあふれるピアニズムを披露している。このアルバムでも、聴き手の心にまっすぐに響いてくる率直で自然でひたむきな演奏が印象的だ。

今回、録音が行われたのは銀座にあるヤマハホール。ヤマハのコンサートグランドピアノCFXを使用し、2017年5月 22、23、29日に録音セッションが行われた。「ヤマハのピアノは、演奏者の思いを即座に理解してくれるピアノであり、音色のパレットがとても多いと思います。ピアニストがこう弾きたい、こんな音色がほしいと思って演奏すると、それに応えてくれる許容量の広さがあるのです。私は昔のヤマハホールももちろん知っていますから、いま新たなホールで録音し、そのすばらしい音響に驚くとともに、よくぞここまで、とホールの美しさと響きのよさ、演奏する心地よさに感動しています。これはお世辞でもなんでもありません。ステージで弾いたピアニストとしての本音です」

斎藤雅広は、2017年、フランス・アルザス地方の音楽祭「ムジカルタ」に招かれ、マスタークラスとコンサートを行った。演奏は現地の新聞で大絶賛され、2018年も再び同音楽祭に招かれている。

そうした場での体験が演奏に生かされ、ここに聴く音楽のウイット、ユーモア、エレガンス、シニカルなどの多彩な表情を生み出していく。まさにこのCDは、斎藤雅広の「いま」の心身の充実を映し出したアルパム。馨しき円熟の香りをまとっている。「ナゼルの夜会」は、全曲通して演奏される機会も録音もそう多くはない。貴重な音源である。

■アルバムインフォメーション

『ナゼルの夜会』斎藤雅広
斎藤雅広「ナゼルの夜会」
発売元:ナミ・レコード
発売日:2018年1月25日
料金:2,700円(税込)
詳細はこちら

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

 

特集

塩谷哲

今月の音遊人

今月の音遊人:塩谷哲さん 「僕の作る音楽が“ポップ”なのは、二人の天才音楽家の影響かもしれませんね」

5402views

音楽ライターの眼

ブルースの伝統を未来へと受け継ぐ2大アーティスト、クリストーン・“キングフィッシュ”・イングラム&セバスチャン・レイン

10021views

最新の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギター専用の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

10323views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

126538views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

4828views

小見山優子さん

オトノ仕事人

ゲーム音楽は勝ってはいけない、負けてはいけない。大切なのは調和──/ゲームコンポーザーの仕事

1215views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

9406views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14524views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

15295views

上海ブラスバンド日本支部

われら音遊人

われら音遊人:上海で生まれた縁が続く大家族のようなブラスバンド

2691views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5949views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26231views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

5466views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24816views

音楽ライターの眼

連載22[ジャズ事始め]上海というアジアの拠点を失った“日本のジャズ”が次に求めたスタイル

2254views

小見山優子さん

オトノ仕事人

ゲーム音楽は勝ってはいけない、負けてはいけない。大切なのは調和──/ゲームコンポーザーの仕事

1215views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

7062views

ヤマハギター50周年を機にアコースティックギターのFG/FSシリーズがフルモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギターFG/FSシリーズがフルモデルチェンジ

19860views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

15020views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5424views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

319935views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9144views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10466views