今月の音遊人
今月の音遊人:小野リサさん「ブラジルの人たちは、まさに『音で遊ぶ人』だと思います」
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演奏家にとって、本番前の緊張ほどやっかいなものはないだろう。ドキドキしたり、震えたり……。経験を積めば緊張しなくなる?いや、そう簡単なものでもないらしい。
40年以上にわたって著名なアーティストを含む、さまざまな患者の治療をしてきた鍼灸師、竹村文近先生はこう話す。
「プロの方でもみなさん緊張されるようです。ただし、緊張は絶対に必要。そして、いい緊張と悪い緊張があると言います。私も同意見です」
では、悪い緊張から解き放たれ、リラックスするにはどうすればいいのだろう。
竹村先生が何より重要視するのが呼吸だ。かつて、海外公演に出ていたジャズピアニストの山下洋輔さんから、「落ち着かない」とSOSの電話がかかってきたことがあった。竹村先生は、こんなアドバイスをしたという。
「正座をして、大きくゆっくり呼吸してください」
緊張したり落ち着かなかったりするときには深呼吸をする。よく言われることだが、ちょっとしたことでその効果はアップする。まず、正座やあぐらの姿勢を取ることで、背筋がまっすぐに伸びて横隔膜が開きやすくなる。
さらに、竹村先生が強く勧めるのは、演奏日の朝に20~30分歩くこと。そして、その前にお風呂に入ることも重要なポイントだ。
「体を温めてから歩くと呼吸がしやすくなります。帰ってからさっとシャワーを浴びればいい。腹圧の関係で、食事は腹七~八分目にすることも大切です」
冷えをはじめとする不調の対策として呼吸の重要性を提唱している竹村先生だが、こうした演奏前の歩きを機に、日々の生活に取り入れるようになればさらにいいと推す。
「呼吸ができることは、自分を見つめられること。偉いお坊さんではないのだから、じっと正座して自分を見つめなくても歩くのが一番です。吐くのが得意、吸うのが得意……どちらでも構わないので、自分なりの呼吸法を身につけることが大事。それを自分で見極めることができるようになると、嫌な人と会うときにも落ち着けますよ(笑)。空気に触れながら歩くことで、感性もよくなると思います」
ところで、緊張するとき、私たちの体にはどんなことが起こっているのだろう。メンタルな緊張があると体もこわばる。これは多くの人が経験していることだろう。
「手首、足首、肩関節が柔軟でないと、人間はいい仕事ができません。しかし緊張すると、そこがどんどんこわばってくる。そして、ふだんからこうした関節が硬い人はうまく呼吸ができないことが多く、緊張しやすいともいえます。緊張していると感じたときには、体を緩ませれば緊張もほどけていきます」
これに効果的なツボは耳たぶの後ろのくぼみにある翳風(えいふう)や頭のてっぺんあたりにある百会(ひゃくえ)。自律神経を整え、リラックスを促す。そして、万能のツボとも言われる合谷(ごうこく)。竹村先生自身、イライラするときには無意識にこのツボを揉んでいるという。さらに、呼吸をしながらおへそとみぞおちの間にある中脘(ちゅうかん)を刺激すると体が緩む。つまようじを数本束ねたものや指などで本番の数時間前にこれらを刺激する。
さらに、体をこわばらせる冷えも大敵だ。
「とくに下半身を冷やさないようにすることが大事です。お尻の両脇あたりにある環跳(かんちょう)というツボにカイロを貼るのもいいでしょう」
さらに、落ち着かない際に効果てきめんなのが耳ひっぱり。両耳をつまみ、外側、上下にひっぱったり、耳を内側に折りたたんだりする。手に汗をかきやすい人は、数珠を両手でこするのがおすすめ。洗面器に氷水と熱いお湯を張り、交互に手をつける方法もいい。
「五感のどれかひとつにストレスがかかっても緊張につながるのではないでしょうか。本番前は好きな嗜好品や音楽などを用意し、できるだけ遠くを見るようにした方がいい。朝歩くことからスタートし、自分流のルーティンをつくってみるのもいいと思います」
悪い緊張に襲われたとき、いかにしてそれをしのぐか。呼吸をはじめとする方法によって自分でケアできれば、緊張は逆にパフォーマンス向上の味方になってくれるだろう。
鍼灸師。ライフワークはチベット、ヒマラヤ、南米アンデスなどの辺境地を歩き、先住民や僧侶たちに鍼灸治療を施すこと。主な著書は『はり100本 鍼灸で甦る身体』(新潮新書)、『はりは女性の味方です。』(平凡社)、『打てば響く 音(おと)の力、鍼(はり)の力』(NHK出版/大友良英・共著)など。最新刊は『鍼灸 本当に学ぶと云うこと』(医道の日本社)。ヤマハの会員誌「音遊人」でエッセイ「カラダに効く音楽」を連載中。