Web音遊人(みゅーじん)

清塚信也さん

バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンに新たな光を当てたニューアルバム『connect』/清塚信也インタビュー

映画やドラマの音楽を手がけるなど、近年はコンポーザー・ピアニストとしても活躍している清塚信也が、最新アルバム『connect』をリリースした。タイトルに込められた意味は、クラシック音楽と現代の人々を「コネクト=つなげる」すること。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの作品に新たな光を当てるようなその演奏は、決してクラシックへの原点回帰ではなく、むしろ一歩前へと進んだ清塚の境地を示すものである。

「これまでもクラシックを身近に感じていただけるような活動をしてきましたが、最近はテレビ番組などを通してクラシックという文化を面白く、広く皆さんにお伝えする機会をいただくことが多くなり、よりいっそう“コネクター”としての役割を意識するようになりました」

その役割を見つけるまでは、中学生の頃からずっとクラシックを演奏するとき、どこかで「違和感」「しっくりこない感じ」を味わっていたという。

「僕にとって音楽というのは“新作”なんですよ。新しく書かれた曲を聴くというのが音楽。そういう意味で、新作があまりないクラシックに対して違和感を覚えていたのだと思います。それと、僕は小さい人間なので、ベートーヴェンやモーツァルトなどのことを、同じ音楽家としてライバル視しているところがあるんですよね。たとえばコンサートでショパンの曲を演奏し、MCでショパンがいかに素晴らしい音楽家であったかを話すとき、じつはちょっと悔しいんです。“ああ、またショパンの株を上げちゃったよ”って(笑)」

そうやってつねに自身がクラシックを演奏する意味を自問自答してきた清塚だからこそ、これまでとは違う角度からクラシックを捉えることができるのだろう。

「ですから今回のアルバムでは、偉大な作曲家を崇めるのではなく、曲にまつわるストーリーを語ることができたらと。クラシックの楽しみ方のひとつに“ミステリー”という要素があると思うんです。まだ解き明かされていない謎があるからこそ、僕たちははるか昔に思いを馳せ、あれこれ推測してワクワクする。ロマンですよね。そんなことを考えながら、自分がストーリーテラーになって、ミステリーに引き込まれるようなプログラムを組んでみました」

清塚信也さん

アルバムはバッハのイギリス組曲第3番からスタートする。「バッハはかくあるべき」という呪縛から完全に解き放たれた、鮮烈でエモーショナルな演奏にハッとさせられる。

「この曲では、バッハの音楽を現代にトリップさせるという形でコネクトしています。つまり、バッハの時代の鍵盤楽器は、強弱がほとんどつけられなければ機動性もない、大きな音もあまり出せない、もちろんペダルもない、レガートもできないような楽器でした。そのような楽器で作られたバッハの音楽を、現代のグランドピアノの機能をフルに使って弾いたらどうなるか。それを聴いていただきたくて、いろいろなパフォーマンスができるこの曲を選びました。録音はヤマハのコンサートグランドピアノCFXで。まさにその意図を余すところなく表現できたと思います」

次のモーツァルトのピアノ・ソナタ第14番も、ときに爆発する激情と夢想の間を行き来するような、ドラマティックな表現が衝撃的だ。

「我々はモーツァルトの本音、核心をほとんど知らないと思うんです。天真爛漫なイメージがありますが、彼の人生は決して幸せなものではありませんでした。旅回りをさせられた幼少時代、厳しいお父さんへのコンプレックスを抱え、柔らかな心に傷がついたまま大人になってしまったモーツァルト。彼が音楽を通して本当に表現したかったのは、怒りや不安、苦悩を表すような悲劇的な音楽だったのではないでしょうか。けれど、当時の貴族社会では、そのような音楽は必要とされていなかった。モーツァルトの感性は、当時の100年先を行っていたのでしょうね。このソナタは、そんな彼の怒りや音楽へのパッションが表出された数少ない先駆的な曲だと思います。さらに、ここから先の話はあくまで僕の推測なのですが、ベートーヴェンはモーツァルトのこの曲をバイブルにしていたのではないかと。第2楽章のある部分とそっくり同じメロディが、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番『悲愴』に登場するんです。どう、ミステリーでしょう?」

そして3曲目、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番『月光』では、有名な第1楽章をゆっくりとしたテンポで、まるでアンビエントのように聴かせる清塚。ここでも現代的な感性が光っている。

「要は解釈なんですよ、クラシックは。僕らが知っている歴史というのは、推測でしかない。だからといって自分の好き勝手に演奏していいかというと、それだけではたぶん楽しくなくなってしまうんです。なにかルールがあったほうが、結局は楽しい。ではそのルールはなにかというと、作曲家について知り、こういう人だったのかと思いを巡らせ、自分なりにその音楽を解釈すること。そこを見出すことができれば、楽しく演奏できるのではないでしょうか」

清塚信也さん

■アルバムインフォメーション 

『connect』
connect
発売元:ユニバーサルミュージック
発売日:2018年12月12日
価格:3,240円(税込)
詳細はこちら

■清塚信也コンサートツアー 2019 connect

詳細はこちら

 

特集

渡辺美里

今月の音遊人

今月の音遊人:渡辺美里さん「歌を聴きたいといってくださるファンとの時間は最高の財産です」

8416views

音楽ライターの眼

ドヴォルジャークの真の魅力に出合う一冊

6318views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

15685views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

64804views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

6189views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

4771views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

21776views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7900views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13539views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2844views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

9657views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35033views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

13086views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

37226views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase18)シベリウス「交響曲第2番」、凱歌をもたらす悲歌の働き、クイーンのヒット曲にも

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase18)シベリウス「交響曲第2番」、凱歌をもたらす悲歌の働き、クイーンのヒット曲にも

7800views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

わかりやすい言葉で、知られざる楽器の魅力を伝えたい/楽器博物館の学芸員の仕事(後編)

9992views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

6049views

YEV104PRO/YEV105PRO

楽器探訪 Anothertake

音色と響きを磨き上げたステージ仕様の上位モデル、 エレクトリックバイオリン「YEV104PRO/YEV105PRO」

3619views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

21776views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6777views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

137090views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7900views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28234views