今月の音遊人
今月の音遊人:藤田真央さん「底辺にある和音の上に内声が乗り、そこにポーンとひとつの音を出す。その響きの融合が理想の音です」
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クロイツァーが亡くなる一ヶ月前に弾いたピアノを発見、60年の時を経て当時の音色が蘇る/CD『クロイツァーの記憶』
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2016.9.9
60年前に日本楽器製造(現ヤマハ)によって製造されたフルコンサートグランドピアノの音色を鮮やかに蘇らせた、歴史的なCDがリリースされた。収録曲は、当時、日本で演奏活動を行っていた「ある巨匠」が、死の一ヶ月前に一夜で演奏したものと同じもの。当夜のプログラムが残っていたため、二人のピアニストによって演奏順に再現された。
ベートーヴェン:ピアノソナタ第21番《ワルトシュタイン》、モーツァルト:ピアノソナタ第11番、ショパン:バラード第3番、マズルカ第13、34番、ワルツ:第11、5番、ノクターン第5番、ポロネーズ第6番、そしてシューマン:謝肉祭全曲という、一夜のリサイタル・プログラムとしては現代では考えにくいボリュームだ。
この興味深い選曲、曲順、そして曲数のプログラムを演奏した「ある巨匠」とは、1884年サンクト・ペテルブルクに生まれ、1935年に日本に移り住んで東京音楽学校(現東京藝術大学)で教鞭も取った世界的ピアニスト、レオニード・クロイツァー。
「クロイツァーの弾いたピアノが現存しているらしい」という噂を耳にした音楽学者・音楽プロデューサーの瀧井敬子氏が調査、研究を行い、2013年についに岡山県でピアノを発見(写真上)。ピアノ製造から60年という節目の年に修復、再生した。修復は瀧井氏の要望のもと、製造当時の状態を復元することを第一の目的とし、部品交換を極力避け、金属部分の錆を落としてひたすら磨き上げられた。
この「クロイツァーの弾いたピアノ」の製造番号はFC-54000。クロイツァー自身によって選定され、1953年に岡山県の天満屋デパート内に新設されたホール、葦川(いせん)会館のこけら落としで演奏された。戦後わずか8年。音楽文化に渇望していた市民にとって、それは音楽の喜びと感動に満ちた演奏会であったに違いない。
その当時のFC-54000はいったいどんな響きをもっていたのだろう。そんな興味に応えてくれるのが、製造当時の状態に復元されたFC-54000を使用し、クロイツァーのリサイタル当夜のプログラムを収録した記念すべき2枚組のCD『クロイツァーの記憶』だ。現代の匠たちの高度な技術によって復元されたFC-54000を使用し、岡山県真庭市にある本格的な音楽ホール「エスパスホール」で収録された。CDから流れる木のぬくもり漂う深みのある心地よい音色は、60年の時を超えて、当時の感動と喜びをも私たちに届けてくれる。
本作で演奏を担当したのは新進気鋭のピアニスト、佐野隆哉、川﨑翔子の2人。「繊細で優美な音も、このピアノから感じ取って貰えたら」と佐野氏は語り、「このピアノでなければ叶わなかった表現もある」と川﨑氏はリーフレットに綴っている。
また、プロデューサーの瀧井氏が執筆したこのピアノのヒストリーも読み応え充分。クロイツァーのピアノを切り口に、日本の音楽文化の礎にも触れることができる。
亡くなる一ヶ月月前に、一夜で弾かれたというこのプログラムを瀧井氏は「クロイツァーが巨匠と言われるゆえん。レパートリーの豊かさと、それがいかに身体に染み込んでいるかの証」と語る。
歴史あるピアノの音色を聴き、クロイツァーが命をそそいだであろうコンサート当夜の演奏に想いをはせると、じみじみと深い感動が湧いてくる。多くの音楽ファンにぜひ聴いていただきたい、おすすめのCDだ。
ところで「クロイツアーの弾いたピアノ」FC-54000は、CD収録とそのお披露目コンサートの後、発見された場所、総合医療福祉施設「旭川荘」のなかにある「厚生専門学校」内「リズム棟」に戻され、現役のピアノとして演奏されている。
『クロイツァーの記憶』
発売元:Studio N.A.T
発売日:2016年7月20日
価格:3,200 円(税抜)