今月の音遊人
今月の音遊人:宮本笑里さん「あの一音目を聴いただけで、救われた気持ちになりました」
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ショパンが弾きたい!障がい者が奏でる奇跡のメロディー/ひとさし指のノクターン~車いすの高校生と東京藝大の挑戦~
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2017.1.16
tagged: ブックレビュー, ひとさし指のノクターン, 車いすの高校生と東京藝大の挑戦
これは単なる感動秘話ではない。多様な専門性が融合しようとするとき、どんな視点が必要かを教えてくれる希少な書だ。それは教育、医療、福祉、子育てなど、あらゆる分野、領域に通じるものだろう――。
「本物の楽器をかっこよく弾きたい」。そう願う4人の車いすの高校生たちが、ステージでピアノ演奏を実現するまでの道のりを描いた記録「ひとさし指のノクターン」。
本書誕生のきっかけは、東京藝術大学(藝大)のイベント「藝大アーツ・スペシャル~障がいとアーツ」。障がいのある人もない人も分け隔てなく楽しめるワークショップや展覧会などを開催するものだ。著者はこのイベントの企画・指導を担った藝大出身の新井鷗子(おーこ)と高橋幸代(ゆきよ)。本書は、著者たちがある特別支援学校を訪れるところから始まる。
新井と高橋は、自分の好きな音楽を演奏したいと熱心にピアノやキーボードを練習する生徒たちと出会う。ある女子生徒は、音楽科教諭の指導でショパンの『ノクターン第二番』を弾いていた。彼女は右手のいくつかの指以外は思うように動かせないため、ひとさし指1本でメロディをたどたどしく弾く。しかしその音には「大好きなピアノでノクターンを弾きたい」という強い想いがこめられていた。
当初、新井と高橋は代替楽器や移調などの方法を考えていた。そんな2人に「求めるのはそういうことではない」と教えたのは、生徒たちの演奏だった。
「ひとつの音に込められた気持ちの重み。彼らの演奏には、テクニックだけではない『音楽の価値』『光のようなきらめき』があった。本物の楽器が弾きたいという強い想いが聴く人の心を揺り動かした」(本文より)
そして、その気持ちや彼らの音を大切にするには「できない部分をサポートするだけでいい」と気づく。「障がいとアーツ」のステージで4人の演奏をいかにサポートするかを模索する、一大プロジェクトが立ち上がった。
本番に向け、何をサポートすべきかがしだいに明確になり、ヤマハの技術開発チームも動き出す。「科学技術と芸術の融合という未知のテーマ」へのチャレンジが本格的に始まった。
中心となった楽器は、ヤマハの自動演奏機能つきアコースティックピアノ「ディスクラビア」。ディスクラビアの機能と演奏追従システムによって、テンポや演奏の揺れにあわせた伴奏がつけられ、4人は「自分自身で音を奏でる主人公」となっていった。
作曲家でもある新井と高橋は個人レッスンを担当。そこで曲の構造を説明すると、単に音符を追うだけでなく、作品のイメージが具体化していった。伴奏があることで「今、弾いているのはこういう部分」とわかるようになり、聴く意識も芽生え、リズムやテンポが生まれた。
技術の支えを得てソロ演奏できたことは「ひとり立ち」への自信につながり、動かせる指が増えるなど、4人はそれぞれ短期間に大きな成長をとげた。そして迎えた本番のステージ。そこには喜びに満ちた生徒たちの姿があり、彼らの演奏が会場全体に大きな感動を伝え、観客席からはすすり泣きの声も聞かれたという。
「全身を震わせるように、1音1音を大切に紡いでいく彼らの姿や音色は私たちの研究の道標となり、道を照らしてくれる」「科学技術による障がいの支援とは、何かをしたいと願う時に差し出す『心の添え木』のようなもの」(あとがきより)という一節は、このプロジェクトに関わったすべての人が、その過程で多くを学び、発見したことを物語っている。人と関わり、人のために役立とうとするすべての人に、ぜひ読んでほしい1冊だ。
『ひとさし指のノクターン~車いすの高校生と東京藝大の挑戦~』
著者:新井鷗子/高橋幸代
発売元:ヤマハミュージックメディア
発売日:2016年11月21日
価格:1,500円(税抜)
詳細、ご購入はヤマハミュージックメディアの本書のページをご覧ください。