Web音遊人(みゅーじん)

J・シュトラウス2世の《美しく青きドナウ》は、オーストリアの第2国歌のような存在

J・シュトラウス2世の《美しく青きドナウ》は、オーストリアの第2国歌のような存在

ウィーンの音楽といえばオペレッタ(喜歌劇)とワルツ。ワルツといえば「ワルツの父」といわれる父ヨハン・シュトラウス1世、「ワルツ王」と呼ばれる息子ヨハン・シュトラウス2世をはじめとするシュトラウス一家が有名だ。
シュトラウス2世はウィーン市立公園に立っている、エドムント・ヘルマー制作によるヴァイオリンを弾いている像でおなじみ。「ワルツ王」の名が示すように、500曲を超えるワルツやポルカなどを残している。
これらはウィーンを代表する作品であり、毎年恒例のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートでも、シュトラウス一家の作品がメイン・プログラムとして選ばれることが多い。
特に有名なのは、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートでアンコールの定番となっている「美しく青きドナウ」。これはシュトラウス2世の代表作といわれ、プロシアとの戦いに敗れた祖国を元気づけようと、彼が1867年にウィーン男声合唱協会の依頼を受けて書いたものである。それゆえ、最初は男声合唱によってうたわれ、のちに管弦楽版が作られた。
現在では、オーストリアの第2国歌といわれるほど国民に親しまれ、ウィーンっ子はこれを聴かないと新年が始まらないという。
ともすると市内を流れている川をドナウ川とまちがえがちだが、これはドナウ運河。川は市の外側を流れている幅広い流れなのでおまちがえなきよう。ただし、指揮者のブルーノ・ワルターが「ドナウ川が青いのはシュトラウスのワルツのなかだけだ」といったように、いまでは澄んだ青々とした流れは期待できない。
ヨハン・シュトラウス2世は、1825年10月25日ウィーンに生まれた。幼いころから楽才を示したが、父親は彼が音楽家になることに反対、銀行員になることを勧める。それゆえ、シュトラウス2世は父に隠れてヴァイオリンと作曲を習っていた。

J・シュトラウス2世の《美しく青きドナウ》は、オーストリアの第2国歌のような存在

シュトラウスの家にある一家の写真をはめ込んだプレート。一番上がシュトラウス2世、両側が弟のエドゥアルトとヨーゼフ、下が父親のシュトラウス1世

1842年に父母が離婚、シュトラウス2世に反対する人はいなくなり、彼は2年後に自分のオーケストラを結成。1849年には父親が他界したため、そのオーケストラを合併し、指揮者、作曲家としての階段を一気に駆け上がり、父を超える人気をもつ音楽家となっていく。1851年には海外公演も行い、1862年には歌手のイエッティ・トレフツと結婚、充実した日々を送る。
シュトラウス2世が次々と世に送り出したワルツやポルカは、踊ることができるように書かれているとはいえ、初演はいずれもコンサート形式で行われている。やがて弟のヨーゼフとエドゥアルトにオーケストラの運営を任せた彼は作曲に専念、「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」「南国のばら」「皇帝円舞曲」「ピッツィカート・ポルカ」などの名曲を次々に生み出していく。
45歳ころからはオペレッタの作曲もスタートし、「こうもり」「ジプシー男爵」「ヴェネツィアの一夜」などの代表作を書いている。
ウィーンの地下鉄のNESTROY-PLATZ駅の近くに、シュトラウス2世が1863年から1870年まで暮らした家が残されている(2.Praterstrasse54)。ここは記念館として見学可能で、外観は堂々たる石造りの建物。内部はシュトラウス2世の使用していた家具や楽器、写真、肖像画、彫刻、楽譜、手紙、資料などが多数展示されていて、興味深い。この家では「美しく青きドナウ」が作曲されている。

J・シュトラウス2世の《美しく青きドナウ》は、オーストリアの第2国歌のような存在

シュトラウス2世が愛用していた仕事机

もっとも印象深いのは仕事机。シュトラウス2世は立って作曲することを好んだそうで、机は立ち姿で書けるような高さである。そして楽器ケースには、愛用のヴァイオリンが保管されている。
作曲家の家というと、近年はメカニズムの発達により非常に現代的に変えられ、当時をしのぶことが困難な場合が多いが、このシュトラウス2世の家は作曲家が生きた時代をほうふつとさせる空気がただよい、どこからか「美しく青きドナウ」の調べが聴こえてきそうな雰囲気を醸し出している。

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。 
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

 

特集

秋川雅史さん「今は声を磨くことが楽しい。まだまだ成長途中で、人生を上っている段階です」

今月の音遊人

今月の音遊人:秋川雅史さん「今は声を磨くことが楽しい。まだまだ成長途中で、人生を上っている段階です」

13254views

Vans Warped Tour Japan 2018 presented by XFLAG

音楽ライターの眼

ロックの新時代を告げるフェス/2018年3月31日~4月1日、Vans Warped Tour Japan 2018 presented by XFLAG開催

5698views

STAGEA(ステージア)ELB-02 - Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

見ているだけでわくわくする!弾きたい気持ちにさせるエレクトーン

8479views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

9195views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

11064views

調律師 曽我紀之

オトノ仕事人

演奏者が望むことを的確に捉え、ピアノを最高のコンディションに整える/コンサートチューナーの仕事

7690views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

16857views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7749views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

26156views

Leon Symphony Jazz Orchestra

われら音遊人

われら音遊人:すべての楽曲が世界初演!唯一無二のジャズオーケストラ

2288views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6828views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

27943views

今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】今、注目の若き才能 ピアニスト實川風が ドラム体験レッスン!

9782views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9417views

フリートウッド・マック

音楽ライターの眼

1969年、英米ブルースの邂逅。フリートウッド・マック、伝説の“チェス・セッション”を解き明かす書籍刊行

2158views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

ステージマネージャーひと筋に、楽員とともにハーモニーを奏で続ける/オーケストラのステージマネージャーの仕事(後編)

18952views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

10975views

“銘器”のその先へ。次世代のフラグシップ―カスタムユーフォニアム「YEP-843(T)S」

楽器探訪 Anothertake

“銘器”のその先へ。次世代のフラグシップ——カスタムユーフォニアム「YEP-843S/YEP-843TS」

3431views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

10140views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

9285views

EZ-310

楽器のあれこれQ&A

初めての鍵盤楽器を楽しく演奏して上達する方法

2097views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10180views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11642views