Web音遊人(みゅーじん)

エマーソン弦楽四重奏団

テクニックと知性に裏打ちされた、円熟の響き/エマーソン弦楽四重奏団

超絶技巧やほとばしる情熱だけで聴かせるのではなく、重ねられた年月の重みを感じる、そんな演奏会だった。

ニューヨークを拠点に活動するエマーソン弦楽四重奏団は、1976年に結成された。「エマーソン」の名前は、アメリカ人哲学者で詩人でもある、ラルフ・ウォールド・エマーソンに由来するそうだ。レパートリーは古典派から20世紀まで多岐にわたる。また録音にも積極的に取り組み、8回ものグラミー賞を受賞。途中、メンバーの交代はあったものの、結成から40年経った今も、第一線での活動を続けている。

彼らが幕開けに選んだのは、モーツァルトの「弦楽四重奏曲第15番」。敬愛するハイドンに捧げた、6曲の弦楽四重奏曲の中で唯一、短調の曲だ。モーツァルトのニ短調は特殊で、歌劇≪ドン・ジョヴァンニ≫もニ短調の序曲で始まるように、“デモーニッシュ(悪魔的)”な空気をはらむ。抑制されたソット・ヴォ-チェに心もとなさを覚えたが、それもすぐに晴れた。繰り返される主題はそのたび、すべて表情を変えて現れる。それは彼らの中で綿密に計算され、共有されていて、チェロが横糸となり、続くヴァイオリンとヴィオラの間で主題が緻密に紡がれ、最終的には幸福感溢れるニ長調へと見事に昇華されていく。なんというテクニックと知性に裏打ちされた表現だろう。長年築かれた盤石のチームワークのなせるわざに、序盤から圧倒された。

打って変わって、2曲目はバルトークの「弦楽四重奏曲第3番」。弦楽四重奏を通して、20世紀という混沌とした時代と自身との関係を問い続けた作曲家の渾身の作だ。演奏者にも聴衆にとっても難解な曲だが、それこそ彼らの手腕の発揮どころ。おどろおどろしいコル・レーニョも絶妙なさじ加減。一瞬たりとも緩まない集中力で、この重々しい曲を通じて聴衆に問いかけてくる。必然的に聴く側もエネルギーを要したが、それだけに聴き終えた達成感もひとしお。会場はおごそかな一体感に包まれた。

休憩をはさみ、3曲目はドヴォルザークの「弦楽四重奏曲第12番」。ニューヨーク時代のある日、ドヴォルザークはチェコからの移民家族の歓待を受け、望郷の念に駆られ、アメリカや祖国の民謡のモチーフをふんだんに取り入れた、家庭的な温かさと明るさを持つこの曲を書き上げた。「アメリカ」という副題を持ち、同国を本拠地にする彼らにとって演奏しがいも格別だろう。また、民謡という郷愁を掻き立てるテーマこそ、弦楽四重奏のような親密な音楽に似合う。彼らの奏でる民謡が波になって会場に流れ込み、観客を彼らの世界に引きこんでいく。そしてクライマックスへ向け増していく音の厚みとパワー。何よりも彼らが楽しんで演奏しているのが伝わり、会場の柔らかな照明も相まって、暖炉を囲んで演奏を聴いているような、どこかほっとする気持ちになる。それはまさしく、円熟の重みが与える安心感だった。

エマーソン弦楽四重奏団

客席とステージの近さ、というヤマハホールの特性も、この親密な演奏会にふさわしく、相乗効果を生み出していた。アンコールはパーセルの「ファンタジア」、そしてベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第13番」から第2楽章、など。和やかになった会場の雰囲気を静謐な音楽で引きしめる、その選曲も秀逸だ。その一方で、ヴァイオリンのユージン・ドラッカーが日本語で曲名をアナウンスして観客を笑わせるシーンも。彼らの音楽がさらにこの先どのように熟成されていくのか、これからも見つめていたい。

 

特集

ジェイク・シマブクロ

今月の音遊人

今月の音遊人:ジェイク・シマブクロさん「音のかけらを組み合わせてどんな音楽を生み出せるのか、冒険して探っていくのは楽しい」

8635views

音楽ライターの眼

連載27[ジャズ事始め]アメリカへ渡った渡辺貞夫をトリコにした甘口&ポピュラー路線のジャズ

2528views

楽器探訪 Anothertake

新開発の音響システムが表現力のカナメ。管楽器の可能性を広げる「デジタルサックス」

3129views

サクソフォンの選び方と扱い方について

楽器のあれこれQ&A

これからはじめる方必見!サクソフォンの選び方と扱い方について

54243views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7487views

アカネキカク akaneさん

オトノ仕事人

楽曲のイメージをもとに、ダンスの振りを考え、演出をする/振付師の仕事

1861views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

18665views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6451views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

21911views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1325views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

5873views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

28997views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

19084views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

21911views

音楽ライターの眼

3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせたサルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ Vol.1

3729views

オトノ仕事人

音楽をやりたい子どもたちの力になりたい/地域音楽コーディネーターの仕事

8357views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

9410views

楽器探訪 Anothertake

空間を包み込む豊かな響き「フリューゲルホルン」

3661views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

22919views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

7893views

楽器のあれこれQ&A

サクソフォン講師がアドバイス!ステップアップのコツ

2183views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6451views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

28997views