Web音遊人(みゅーじん)

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.5

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.5

では、“踏み台”すなわちジャズのハードルを下げようという意識は、どんなときに顕在化していると言えるのだろうか。

この1年ぐらいのあいだにボクが取材をしたなかで、こうした意識が顕在化していたのではないかと思われるライヴ(イヴェント)を取り上げ、そう思えた要素をピックアップしてみたい。

まずは、2016年9月に行なわれた遠藤律子ピアノトリオによる、『L’Amour est Bleu~恋は水色』発売記念コンサート。

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.5

遠藤律子は、ニューヨークでの出逢いによって魅了されたラテン音楽を独自のアプローチで発展させたFunky Ritsuco Version!などのパワフルな活動で広く知られるが、一方でトリオやソロでは旋律の美しさを浮き立たせるリリシズムあふれた演奏により観客の心をジンワリと潤してくれることでも知られている。

『L’Amour est Bleu~恋は水色』は、彼女の後者の特質を前面に出した作品で、日本でポピュラーなクラシック音楽の曲や、ラジオの深夜放送で知られるようになった曲をチョイスしている。

アルバムタイトルを見て「ピンッ!」ときた人がどれだけいるかは定かではないが、邦題「恋はみずいろ」というのは1967年にフランスで発表されたヒット曲。

これをポール・モーリアが自身のグランド・オーケストラのために“歌なし”でアレンジするや、全米ヒットチャート5週連続トップという記録を打ち立てるなど、世界的にこのメロディを知らしめることになった。

日本の深夜放送(ラジオ)については、1950年代の文化放送(当時は日本文化放送協会)「S盤アワー」と軽音楽普及の関係が興味深いのだけれど、それはまた別の稿で。

とはいえ、「S盤アワー」のおかげで(深夜という“治外法権”的な時間帯ではあったものの)司会者が音楽を流しながらおしゃべりをするというディスクジョッキー・スタイルが定着、1960年代後半のTBSラジオ「パックインミュージック」、ニッポン放送「オールナイトニッポン」(いずれも1967年開始)へとつながっていく。もちろん、関西や東海地方でも同様の動きはあった。

文化放送では、1965年に土居まさるがディスクジョッキーを務める「真夜中のリクエストコーナー」が始まり、1969年開始の「セイ!ヤング」が揃うことによって、1970年代に爛熟する“深夜放送カルチャー”の幕が本格的に開くことになる。

このテーマで忘れてならないのは、1967年にFM放送の実験局だったFM東海(後のFM東京=TOKYO FM)が始めた「JET STREAM」だが、話が脱線しすぎてきたので稿を改めたい。

話を戻すと、ポール・モーリア版「恋はみずいろ」は、こうした深夜放送で注目され、音楽に興味がある層へと浸潤していった。

そうした背景をもった曲であることは、それをジャズのハードルを下げるための“踏み台”とした場合、大きな効果を発揮していると考えられ、それを選択した演奏者(すなわち本稿では遠藤律子)にも“ジャズのハードルを下げたい”という意識があったととらえていいのではないだろうか。

実はこの『L’Amour est Bleu~恋は水色』には、ほかにもショパンの「別れの曲」や「マズルカ」、シューベルトの「ロザムンデ変奏曲」、ベートーヴェンの「月光ソナタ」といった、クラシックというジャンルのなかでもポピュラーな曲をジャズ側に引き込んだ演奏が収録されている。

クラシック音楽とジャズのミクスチャーに関しては、1950年代のアメリカ・ジャズ・シーンにおけるモダン・ジャズ・クァルテットに象徴されるようなサードストリームと呼ばれた動きをまず意識する必要があるのだけれど、このアルバム発売記念コンサートでの遠藤律子ピアノトリオのパフォーマンスは明らかにサードストリームとは一線を画すものだったことも指摘しておきたい。

それをひと言で表現すれば、サードストリームがクラシック音楽を意識してジャズのハードルを“上げよう”としたのに対して、遠藤律子ピアノトリオは前述のようにそのハードルを“下げるための踏み台”とした違いと言えるだろう。

さて次回は、また別のライヴでの事例を拾ってみたい。

<続>

なぜジャズのハードルは下がらないのか?<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

亀井聖矢

今月の音遊人

今月の音遊人:亀井聖矢さん「音楽は感情を具現化したもの。だからこそ嘘をつけません」

2130views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#033 ジャズの潮流を逆回転させるきっかけとなったハード・バップの“教科書”~ソニー・クラーク『クール・ストラッティン』編

587views

マーチングドラムの必須条件とは?

楽器探訪 Anothertake

マーチングドラムの必須条件とは?

11032views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

21904views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7604views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

2223views

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、新時代へ発信する刺激的なコンテンツを/東京芸術劇場 コンサートホール

ホール自慢を聞きましょう

音の粒までクリアに聴こえる音響空間で、刺激的なコンテンツを発信/東京芸術劇場 コンサートホール

12349views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

6814views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

23937views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

7046views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

8057views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25066views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9588views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22341views

音楽ライターの眼

連載22[ジャズ事始め]上海というアジアの拠点を失った“日本のジャズ”が次に求めたスタイル

2015views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

弦楽器の“健康診断”から“治療”、健康アドバイスまで/弦楽器の調整や修理をする職人(前編)

14484views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

5776views

楽器探訪 Anothertake

ピアニストの声となり歌い奏でる、コンサートグランドピアノ「CFX」の新モデル

4750views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

2585views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5186views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

10567views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7408views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29679views