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ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.4

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.4

『ナッシング・バット・ザ・ベース』(2015年5月)が対立軸で櫻井哲夫の個性やエレクトリック・ベースの表現力・可能性をあぶり出そうとするデュオだったのに対して、吉田次郎の『パステル・シェイド』(2015年4月)は対極のアプローチを用いたデュオ、と言えるだろう。

吉田次郎は18歳でプロのスタジオ・ミュージシャンとして活動をスタートさせたが、1981年のマイルス・デイヴィス来日で啓示を受けると心機を一転し、83年に米バークリー音楽院(現・音楽大学)の門を叩き、90年からはニューヨークを拠点に活動。教育としてのジャズと、フュージョン~ポスト・フュージョンという1980~90年代の最前線の“現場”を知り尽くしたと言っても過言ではない存在だ。

東西から敏腕ミュージシャン5名をセレクトした『パステル・シェイド』は、12曲中11曲がデュオという趣向のアルバム。

『ナッシング・バット・ザ・ベース』と近似したコンセプションに見え、実はボクも耳にした当時はそんな印象を受けていたのだが、改めて聴き直すとまったく違うものであったことに気づき、不明を恥じる次第です。

『パステル・シェイド』が『ナッシング・バット・ザ・ベース』とはまったく違うものであるということはすなわち、“対立軸で個性や表現力・可能性をあぶり出そう”と意図したものではないことになる。

吉田次郎はピアニストをあえて4人起用したことに対して、(アルバム全体のサウンド・カラーとしての)色を一緒にしたくなかったことが理由で、逆にピアノが入れ替わっても「楽曲で統一感は出せる」と語っている(柳樂光隆氏によるライナーノーツより)。

つまり、軸は“対立”ではなく“楽曲”であることを明示して制作されたアルバムなのだ。あえて“デュオ”を名乗らなかったのも、“対立軸”のイメージを避ける意図があったのかもしれない。

それはまた、作曲者本人を迎えて演奏している曲が4曲も収録されていることにも表われていると見ていいだろう。

では、“楽曲”を軸とするコンセプションでなにを表現するのかと言えば、いかに最少単位の共同作業で楽曲を“練り上げることができるか”なのだと思う。

♪『パステル・シェイド』と『アンダーカレント』

これは、ビル・エヴァンスとジム・ホールが『アンダーカレント』(1962年)で表明した“インタープレイ”の流れを汲むものと考えることができる。

“インタープレイ”は、クール・ジャズがビバップを基にコード進行の分解を推し進めて成立した方法論ととらえればわかりやすいだろうか。

1960年代のフリー・ジャズが楽曲としての体裁のプライオリティを下げていったベクトルとは正反対の、理論を駆使する意味で“フリー”だったのが“インタープレイ”というわけだ。

1970年代のデュオの主流がカンヴァセーション(会話)を軸とした“対立によるあぶり出し”であったことを考えると、即興性に劣るぶんだけ“インタープレイ”に光が当たらなかったのも仕方がないことなのかもしれない。

会話系デュオとインタープレイ・デュオの違いは、演奏者が向き合っているかどうかに表われているとも言える。デュオの相手がハービー・ハンコックかゲイリー・バートンかでチック・コリアの位置取りが異なっていたのにも、理由があったと見ることができるからだ。

ジャズにとって“会話”とはコール・アンド・レスポンスの延長線上にあり、根源的な要素のひとつと見られる。故に、インタープレイ・デュオが会話系デュオの影に隠れてしまうのもやむを得ないのだろうが……。

しかし、そんな“優先順位”を覆した作品が出現しはじめたのが2015年だった、ということになる。

こんな“風向きの変化”をなんとなく感じながら迎えたのが2016年なのだけれど、それはまた次回。

<続>

ジャズとデュオの新たな関係性を考える<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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