Web音遊人(みゅーじん)

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.13

2017年9月にリリースされた『ライヴ・イン・モントリオール』というアルバムは、ピアノの上原ひろみとハープのエドマール・カスタネーダのデュオを収めたものだった。

ライヴ・イン・モントリオール
『ライヴ・イン・モントリオール』上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ

最古の楽器のひとつといわれるハープ、すなわち竪琴を寝かせて、指ではなく鍵盤に連動した先割れ棒で弦を引っ掻いて音を出したのがピアノの前身であるハープシコードであるという“暴論”を許していただければ、ハープとピアノは“同類”と言ってもいいぐらいの近い関係にある楽器で、いままで共演例が少ないのが不思議――とまとめてしまいたくなるのだけれど、おそらくそのあいだには深くて暗いナニヤラがあるような気もする。

ジャズでは、直接対決と言えるほどの起用は多くないが、それでもジョン・コルトレーンの妻であるアリスがジョンの死後にハープでコルトレーン・ジャズを展開しようとしていたのが記憶に残っていたりする。

そのほか、個人的に印象深かったのが、エレクトリック・ハープをメインで奏でるアンドレアス・フォーレンヴァイダー。彼の『ダンシング・ウィズ・ザ・ライオン』にハマっていたことを、エドマール・カスタネーダの音を聴いていて想い出した。

近年でも、中南米のハープであるアルパを自在に操って注目を浴びた上松美香や、ケルテックハープ奏者で映画『借りぐらしのアリエッティ』の音楽を担当したセシル・コルベルなどの登場で、ハープは決して“終わったインストゥルメンタル”ではないことを示していたはずなのに、やはりジャズの最先端を突っ走る上原ひろみが“デュオ相手に選んだ”というニュースを耳にしたときには、違和感を感じざるをえなかったのが正直なところ。

しかし、『ライヴ・イン・モントリオール』を何回か聴いていると、これが“世紀の異種格闘技対決”的なものを狙ったわけでないことはもちろん、上原ひろみが、ほかの楽器ではなく、しかもピアノとのデュオでもなく、ハープを選んだ理由がぼんやりと伝わってくるようになった。

ヒントは収録曲「フォー・ジャコ」にある。

エドマール・カスタネーダが書いたこの曲、不世出のベーシストであるジャコ・パストリアスの名にちなんでタイトルが付けられたという。

つまり、彼がハープで奏でる音楽のなかには、ジャコがスティールドラムを起用して構築しようとしていたソロ・プロジェクトの要素が色濃く反映されていて、そこに上原ひろみが反応してしまった、ということなのではないか。

キーワードは“倍音”だ。

数々のピアノ・デュオを手がけてきた上原ひろみはおそらく、ピアノ2台で構築できる倍音の世界に疑問あるいは限界を感じていたのだろう。

しかし、豊かな倍音のなかで“泳ぐ”魅力は捨てがたい。

そして、その可能性を探るヒントへ、ピアノに近い楽器が導いてくれるかもしれないことに気づいたのだ。

アルバムの構成がカヴァー主体ではなくオリジナル中心で、しかも組曲まで用意しているところにも、このデュオを“セッション”に終わらせようとしない2人の意志を感じる。

倍音という、音を乗じていく難しいチャレンジに着手したこのデュオには、やはり“新たな関係性”があると考えざるをえない。

<続>

ジャズとデュオの新たな関係性を考える<全編>

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

 

特集

三浦文彰

今月の音遊人

今月の音遊人:三浦文彰さん「音を自由に表現できてこそ音楽になる。自分もそうでありたいですね」

4104views

ジョン・コルトレーン編 vol.7|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか?

音楽ライターの眼

ジョン・コルトレーン編 vol.7|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか?

9405views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

すぐに音を出せて、自由に演奏できる。管楽器の楽しみを多くの人に

14355views

大人のピアニカ

楽器のあれこれQ&A

「大人のピアニカ」の“大人”な特徴を教えて!

3617views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15649views

オトノ仕事人

プラスマイナス0.05ヘルツまで調整する熟練の技/音叉を作る仕事

31763views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

24772views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11018views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20133views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

4594views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4806views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30894views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

13622views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13188views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.14

3021views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

9773views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

7003views

【楽器探訪 Another Take】人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

11967views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

22900views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5652views

サクソフォンの選び方と扱い方について

楽器のあれこれQ&A

これからはじめる方必見!サクソフォンの選び方と扱い方について

57920views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5613views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10372views