Web音遊人(みゅーじん)

ピアノの調律ってどんなことをするの!?なぜ必要!?ピアノの仕組みを専門家にうかがいました

ピアノの調律ってどんなことをするの?なぜ必要?ピアノの仕組みを専門家にうかがいました

繊細なピアニッシモから華麗なクレシェンドまでの細かい強弱など、タッチや音色で豊かな表現ができるアコースティックピアノ。その特性を存分に活かして美しい音を奏でるには、定期的な点検と調整、つまり「調律」が欠かせない。

ピアノ経験者でも未知な部分が多いという調律について、実際にどんな作業をしているのか、ピアノ調律の技術者を養成するヤマハピアノテクニカルアカデミー管理責任者の中田吉彦*さんと講師の岡部佑美さんにお話を伺った。
*吉の正式表示は「土」に「口」です。

ピアノは鍵盤と連動したハンマーが弦をたたく「アクション」という仕組みで音が発生する。バイオリンやギターなど弦を使う楽器は演奏者が弦をチューニングするのに対し、複雑な構造を持つピアノは専門の「調律師」がチューニングからメンテナンスまで一貫して行うのが特徴だ。
「ピアノは88個ある鍵盤それぞれに1~3本の弦が張られ、弦の総数は220本にもなります。その鍵盤と弦をはじめとする約8,000個のパーツからなるピアノのメカニズムや理論を理解し、バランスよく調整していくには専門技能が不可欠なのです。調律師が一般家庭で行うピアノ調律には、音程を調節する『調律』(チューニング)、鍵盤のタッチを調整する『整調』や音色を整える『整音』のほかに、修理やピアノの全般に関わるアフターサポートなども含まれます」

ピアノの調律ってどんなことをするの!?なぜ必要!?ピアノの仕組みを専門家にうかがいました

調律に必要な道具がぎっしり詰まったケース。その重量なんと10kg強!調律師はこれを持って現場に向かう。

ピアノ調律の三本柱である調律、整調、整音。
「調律」の作業では、弦の張力を加減しながら音の高さを調節して音律(平均律音階)をつくる。まず、音を合わせたい鍵盤の弦のうち1本だけの音が鳴るように、フェルトウェッジという工具を弦の間に挟んで残りの弦を止める。そして、チューニングハンマーを弦が巻かれたチューニングピンに差し込み、鍵盤をたたいて音を出しながら弦を緩めたり引っ張ったりして音を調節していく。
「ほんのわずかな張力の加減で音は変わってしまうので、慎重にピンを回しながら音がまっすぐ伸びるポイントを探します」
弦1本あたりの張力は約90kg。弦を調整する作業を体験させてもらうと、チューニングピンを回す力加減が難しいうえに、音の違いが聴き分けられない。「経験を積むうちに感覚がつかめるようになります」と岡部さん。調律師は正確な音律を捉えながら、1本につき20秒を目安にすべての弦を素早く合わせていくという。
「アコースティック楽器の音には、基音とその周波数の整数倍の高さを持つ『倍音』が含まれているのですが、基音に倍音をうまくのせて調律することもアコースティックピアノならではの豊かな音を引き出すポイントになります」

つづいて「整調」はピアノを弾きやすい状態にするために、打弦機構と呼ばれる鍵盤やアクションの動きを整える作業だ。
「ピアノは、鍵盤と連動したハンマーが弦をたたいて音を出しますが、ハンマーが弦に接触したままだと弦の振動が妨げられて発音しないので、弦にあたる寸前でハンマーから鍵盤の力が外されて惰性で弦をたたく仕組みになっています。このハンマーのリリースを鍵盤のどの深さで行うか、鍵盤内部のねじ山の高さを変えたりして調整するのです。この作業は、鍵盤のタッチの調整にもつながります」

さらに「整音」の作業では、おもにハンマーを調整。ハンマーヘッドの形状や、弦をたたいて離れる一連の動きを整えることで音色や音質を調整していく。
「経年によってハンマーの弦にあたるフェルト部分が硬くなると音質が変わってしまうんです。その硬化したハンマーヘッドをやすり掛けして整えたり、針を刺してフェルトの弾性を整えて弦からハンマーが離れるタイミングを調節したりして、音質を調整するのが整音の作業です」

調律

筆者も調律作業を体験してみたが、わずかな音の変化がわからない……。音を聴き分けるには、技を磨き経験を積む。まさに職人だ!

上記が調律のおおまかな工程。これ以外にも細かい作業や調整はたくさんあるが、調律師は家庭用のピアノなら、概ね90分で調律するように訓練されているそう。また、音を基準に合わせるだけでなく、技術と理論、経験、さらに感性や想像力も駆使して「依頼者の求める音」をつくり出すことも重要な役割だ。
「たとえば、お客様から『明るい音にしてほしい』と言われたら、その方にとっての明るい音がどういうものかコミュニケーションの中から探り、それを叶えるにはどのように調整するべきか、頭の中で調律の設計図を描きます。お客様が表現した音の形容詞を、技術に変換していくイメージですね。そうやってよりよい音と弾き心地を追求していくところに調律の醍醐味がありますし、演奏者の要望に沿うことで “いい音楽”を支えられることが、なによりの喜びです」

ピアノは木や羊毛、紙など天然素材が多く使われているため、演奏による摩耗や気候の影響を受けやすく各パーツの相関関係に狂いやズレが生じやすい。家庭で普通に使っているピアノなら、1年に一度、調律をするのが理想だという。
「アコースティックピアノは、弾く人によって多彩な音色が生まれるところが大きな魅力です。デジタルにはない、こうした繊細な表現力を維持するためにも調律は必須です。毎日弾いているとわずかなズレには気づきにくいものですが、調律をすると音や鍵盤タッチが良くなったことを実感できるはず。それに、定期的にメンテナンスをしていれば大きな故障になりにくいので、ピアノをいい音で長く楽しむことができますよ」

■ヤマハピアノテクニカルアカデミー

長年にわたるノウハウを活かし、理論に裏打ちされた高度で確かな技術を持つ調律師の育成を目指しています。
詳細はこちら

■映画『羊と鋼の森』

第13回本屋大賞を受賞した小説『羊と鋼の森』。ピアノの調律師という世界を繊細な筆致でつづり、日本中の読者の心を震わせた本作の待望の映画化。
監督:橋本光二郎/出演:山﨑賢人、鈴木亮平 ほか
2018年6月8日(金)から全国東宝系映画館でロードショー
詳細はこちら

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:村治佳織さん「自分が出した音によって聴き手の表情が変わったとき、音楽の不思議な力を感じます」

8370views

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.4

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.5

3744views

REVSTAR

楽器探訪 Anothertake

いまの時代に鳴るギターを目指し、音もデザインも進化したエレキギターREVSTAR

5640views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

277053views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

19097views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

ステージマネージャーひと筋に、楽員とともにハーモニーを奏で続ける/オーケストラのステージマネージャーの仕事(後編)

17188views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

7215views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6461views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

9805views

AOSABA

われら音遊人

われら音遊人:大所帯で人も音も自由、そこが面白い!

11270views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

7956views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24737views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

16841views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

21935views

音楽ライターの眼

クラシック・キャラバン2021 クラシック音楽が世界をつなぐ~輝く未来に向けて~コンサート全国ツアーがスタート

1963views

オトノ仕事人

芸術をとおして社会にイノベーションを起こす/インクルーシブアーツ研究の仕事

6399views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

4217views

STAGEA(ステージア)ELB-02 - Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

スタイリッシュなボディにエレクトーンならではの魅力を凝縮!STAGEA(ステージア)「ELB-02」

13885views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

13678views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

クラス分けもまた楽しみ、レッスン通いスタート

4632views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

16897views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

13351views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29036views