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シンプルに音を並べること、それがベテランが紡ぐシューベルトの世界/清水和音ピアノ・リサイタル
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2019.7.18
1981年に弱冠20歳で難関ロン=ティボー国際コンクールを制して以来、日本のピアノ界を長らく牽引してきた清水和音の、ヤマハホールでは久々となるリサイタル。
前半の演目には、過去に全曲演奏やライヴ録音も行っている十八番、ベートーヴェンのソナタより、前期の代表作である第17番「テンペスト」と最晩年の傑作として名高い第30番が選ばれた。
幕開けの「テンペスト」は、折り目正しく優雅なテンポを基調に、一音一音を大切に噛み締めるように進み、持ち前の知的な構築性をもって聴かせる。この作品は長調から短調に移行する際にテンポとディナミークが一変するのが大きな特徴だが、清水はそれをあえて穏やかに推移させることで、全3楽章の流れや構成を俯瞰できるように浮かび上がらせていた。
続く第30番も前曲と同じく、繊細でたっぷりとした歌い回しで一筆書きのように彫琢。中でも第1楽章の組み立て方が秀逸で、最初と終わりのさりげない弱音の裏に潜む音色の変化や重厚な響きを自然な流れとバランスの中に表現していたのが素晴らしかった。また、第3楽章の変奏曲では、この楽章の頂点をなすゆったりとした第4変奏を際立たせるべく、その後の複雑な対位法で編まれた第5変奏を一糸乱れぬ超高速で駆け抜けてみせる。そんな技巧派、清水ならではの至芸も前半のハイライトのひとつだったと思う。
休憩を挟んだ後半は、晩年のブラームスの内省的な作風の象徴ともいえる、作品117の「3つの間奏曲」から。清水は2016年のデビュー35周年にオール・ブラームス・プログラムで公演し、その時もこの間奏曲を弾いていたが、今回はさらに軽やかさと深みを増した秀演。テンポは遅めだが決して重くならず、第2番の難所である複雑な対位法も楽々と完璧に処理。作曲者が「わが苦悩の子守歌」と語った本作に込められた大人の悲哀や諦観をみごとに表現していた。
そしてトリを飾ったのが、シューベルトのソナタ第14番。清水がこれまでに取り上げた機会が少ない作曲家で、またシューベルトの中期ソナタの中においても演奏機会が稀なことから、ファンには貴重な時間となった。
清水は当公演に向けてのインタビューで、「シューベルトを弾く時は、ピアニストが意図的に参加し過ぎることなく、シンプルに音を並べることで美しく弾かなくてはならない」と語っていたが、この日の演奏はまさにその言葉通り。第1楽章のモティーフの反復における巧みなメリハリ、第2楽章のしなやかでダイナミックな振幅、作曲者には珍しいカノンを用いた第3楽章の緻密な運びなどを、透明な音色と冷静な解釈で淡々と弾き進み、まるで水晶の宮殿のような世界を構築。「歌曲王」のイメージが強いシューベルトの異なる一面に、鮮やかにスポットライトをあてていた。
渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。