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今月の音遊人:﨑谷直人さん「突き詰めたその先にこそ“遊び”はあると思います」
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フリートウッド・マックの初期未発表音源集『ビフォー・ザ・ビギニング 1968-1970 〜ライヴ&デモ・セッションズ〜』が発表
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2019.12.13
tagged: フリートウッド・マック, 音楽ライターの眼
ブルース・ブームを生んだ、伝説的な演奏を堪能する
フリートウッド・マックの初期未発表音源集『ビフォー・ザ・ビギニング 1968-1970 〜ライヴ&デモ・セッションズ〜』が2019年11月に発売された。
1967年にデビューしたフリートウッド・マックはピーター・グリーンの神憑ったギターと「ブラック・マジック・ウーマン」「ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド」「アルバトロス」などのヒットで、イギリス全土にブルース・ブームを巻き起こす。後にスティーヴィ・ニックスやリンジー・バッキンガムが加わって世界的なセールス記録を打ち立てる彼らだが、初期のブルース路線でも、本国イギリスでトップ・バンドとして人気を獲得していたのだ。その影響力は、ビートルズが「アルバトロス」からインスパイアされて「サン・キング」を書いたほどだった。
そんな彼らの“最近倉庫で発見された、クレジット未記載のテープ”(レコード会社資料より)をソースとした3枚組CDが『ビフォー・ザ・ビギニング』である。
ピーター・グリーン、ジェレミー・スペンサーのギタリスト2人をフィーチュアした1968年の音源、さらにダニー・カーワンが加わってトリプル・ギター編成となっての1970年の音源からなる本作。ピーターの情熱と哀感に満ちたブルース・ギター、ジェレミーのエルモア・ジェイムズなりきりのスライドと50sロックンロールへの傾倒、ダニーの叙情派メロディという三者三様のギターが冴えわたり、それをミック・フリートウッドのスウィング感と重量感を兼ね備えたドラムス、ジョン・マクヴィーのバンド全体をまとめ上げるタイトなベースががっちり支える。
“マックは初期にとどめを刺す!”と断言する信奉者も少なくないが、そんな意見に説得力を持たせるのが本作の演奏だ。
「ウォリード・ドリーム」でのピーターの10分近く泣きむせぶリード・ギターや「ダスト・マイ・ブルーム」で唸るジェレミーのスライド、「ワールド・イン・ハーモニー」でのダニーのメロディアスなプレイなど、3人のギタリストは鮮烈なインパクトを放っている。「ストップ・メッシン・アラウンド」「ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド」などが1分〜1分半のブツ切れヴァージョンになっているのは残念だが、CD3枚を通して聴けば、すっかりブリティッシュ・ブルースでお腹がいっぱいだ。
収録されたライヴ音源は、さて、いつの公演のものなのか?
ただ、ファンは熱心であるほど贅沢になるもの。本作には注文を付けたくなる箇所が幾つかある。
まず、ジャケット写真だ。本作の44ページに及ぶCDブックレットにはレアな写真が散りばめられているが、表ジャケットに使われているのは何度も見たことのあるショットだ。 1970年のバンドを象徴するアイコン的な写真と考えることも可能だが、元々コアなファン向けの作品だし、もうひとヒネリ欲しかった気もする。
もうひとつは、データの不備だ。クリストファー・ヒョルトによる長文ライナーノーツは非常に詳しいものだが、録音日時は“1968年の夏”“ほぼ18ヶ月後”と書かれているのみで、都市や会場はクレジットされていない。日本盤解説にも“詳しい録音データが明示されていない”とあるのみだ。
本作のCD-1とCD-2の最初の5曲は1968年6月、サンフランシスコの“カルーセル・ボールルーム”でのライヴ音源としてファンの間ではお馴染みの音源だ。ライヴ音源配信サイトWolfgang’s Vaultでは6月8日とクレジットされているが、近年では6月20/22/23日、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー、ドクター・ジョンとの3バンドで行われた公演というのが定説となっている。CD-1(1)〜(10)、CD-1(11)〜CD-2 (2)、CD-2 (3)〜(5)という3つのグループになっているが、それぞれの公演日は不明である(当時は1日2公演を行うこともあったので、同日の別公演の可能性もあり)。
CD-2 (6)〜CD-3 (5)までは1970年1月30/31日・2月1日にニューオリンズのクラブ“ウェアハウス”で行われた公演のどれかといわれている。グレイトフル・デッドのオープニング・アクトとして出演したライヴだが、初日の公演後にデッドの滞在しているホテルが警察にガサ入れされ、LSD所持で逮捕されたという“事件”が伝説となっている。デッドは31日の午前中に保釈金を支払って釈放され、同日の夜に予定通りライヴを行っている。さらに急遽、翌2月1日に裁判費用を捻出するための追加公演を行うことになったというが、拘留もされず、ライヴを“自粛”することもないのが、アメリカの音楽シーンの大らかさ(?)を感じさせる。
ちなみにフリートウッド・マック御一行は別のホテルに滞在していたため警察に踏み込まれることもなく、3日間すべての公演に参加。最終日にピーターはデッドのアンコールにも飛び入りしている。
前述のWolfgang’s Vaultでは2月1日の公演とクレジットされた音源が公開されているが、本作収録のものとは別テイクのようだ。もし、その日付が正しいならば、本作に収録されたのは30日か31日からのテイクということになるだろう。
なお、マニア間に流通している“ウェアハウス”音源にはオーティス・ラッシュの「イット・テイクス・タイム」、B.B.キングの「オール・オーヴァー・アゲイン」なども含まれており、本作に収録されなかったのは残念だ。
その“ウェアハウス”音源はデッドのサウンドマンだったオウズリー・スタンリーがミックス卓から録音したという説もある。もしそれが事実だとすると、本記事の冒頭のレコード会社の“倉庫から発見された〜”という公式発表には疑問符が付くことになるが、真相が明らかになる日がいつか来るだろうか。
ところで、このニューオリンズ公演の直後、2月5〜7日にボストンの“ボストン・ティー・パーティー”で行われたライヴは『ライヴ・アット・ザ・ボストン・ティー・パーティー』などのタイトルでCD3枚が発売されている。こちらは当初から正式なライヴ・アルバムとして録音された音源のため高音質で、演奏も素晴らしいので、ぜひ併せて聴いていただきたい。
ここに、半世紀前のブリティッシュ・ブルースの熱気が宿る
CD-3 (6)〜(8)は1968年12月31日、フランスの“メロディTV”で放映された特番『Surprise Partie』でのライヴ。YouTubeで検索すると、映像付きヴァージョンも見つかる。
CD-3(9)〜(12)は“デモ”とされているが、実際には1968年、BBCラジオ用に録音されたスタジオ・ライヴだ。ハウリン・ウルフの「ユー・ニード・ラヴ」を、レッド・ツェッペリンが「胸いっぱいの愛」として翻案する以前にハードなアレンジでプレイしているのが興味深い。もしかして、この演奏を聴いたジミー・ペイジが“いただいた”のでは?……と疑ってしまうファンもいるかも知れない。
詳細データを挙げると「ユー・ニード・ラヴ」「トーク・ウィズ・ユー」が8月27日収録/10月13日に『トップ・ギア』で放送、「イフ・イット・エイント・ミー」が5月27日収録/6月2日に『トップ・ギア』で放送、「ミーン・オールド・ワールド」が2月26日収録/7月23日に『ザ・ブルース・ロールズ・オン』で放送というものだ。
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『ビフォー・ザ・ビギニング』に収録されたのは、いずれもまったくの初公開というわけではなく、コアなファンの間では流通してきた音源だ。ただ、世界中の音楽リスナーが容易に入手出来る正規アルバムとして発売されたのは良いことだし、アーティストにきちんと報酬が支払われることも歓迎するべきだろう。
歴史的価値や資料としての重要性はもちろん、『ビフォー・ザ・ビギニング』には、半世紀前のブリティッシュ・ブルースの熱気が宿っている。寒い冬の夜に聴きたいアルバムだ。
『ビフォー・ザ・ビギニング 1968-1970 〜ライヴ&デモ・セッションズ〜』
発売元:ソニーミュージック
発売日:2019年11月13日
価格:¥4,200(税抜)
詳細はこちら
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に850以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
photo/ Barry Plummer
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