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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#054 芳醇なスタイルへとテイストを刷新したピアノ・ジャズの新潮流~ビル・エヴァンス『モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのビル・エヴァンス』編
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2025.1.30
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, ビル・エヴァンス
ビル・エヴァンスのピアノを日本酒にたとえると“淡麗辛口”だと言われてボクが納得したのは、飲酒が許される年齢になったころだから1980年代初頭のこと。
1970年代半ばから巻き起こっていた第一次地酒ブームも落ち着き始め、“幻の”と言われていた“越の三梅”(雪中梅、越乃寒梅、峰乃白梅の3銘柄)こそ手に入りにくかったものの、学生の身分でも気軽に入れる居酒屋でアレコレと各地の日本酒を飲み比べできるようになって、特に新潟の酒の特徴のように言われていた“淡麗辛口”のイメージが、当時のハード・ローテーションだったビル・エヴァンスのアルバムに重なっていたのでした。
といっても個人的に“淡麗辛口”だと感じていたのは、1959年から61年にかけて制作された“リバーサイド四部作”と呼ばれる『ポートレイト・イン・ジャズ』(#003)、『エクスプロレーションズ』、『ワルツ・フォー・デビイ』(#001)、『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』の4枚。
本作もビル・エヴァンスの必聴盤と言われていたのでチェックはしていたものの、“リバーサイド四部作”とは違うテイストに戸惑って、ちゃんと聴くようになったのはCDで購入した2000年代初頭だったと思います。
その“テイストの違い”をあぶり出しながら、改めてこの“名盤”を評価してみましょう。
1968年6月15日に、スイスとフランスにまたがるレマン湖のスイス側の湖畔で開催された、第2回モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのステージを収録したライヴ盤です。
メンバーは、ピアノがビル・エヴァンス、ベースがエディ・ゴメス、ドラムスがジャック・ディジョネットの、いわゆるジャズ・ピアノ・トリオ。
収録曲は、ジャズ・スタンダード・ナンバーのカヴァーのほか、自身のオリジナルや親交のあったミュージシャン仲間の曲を選んでいます。
オリジナルはLP盤で、A面4曲B面5曲の合計9曲を収録。CD化ではボーナス・トラック『クワイエット・ナウ』を加えた全10曲のヴァージョンでリリースされています。
本作は、リリース翌年の第11回グラミー賞(1969年)で最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・アルバムを獲得するなど、最初から“名盤”の誉れ高い作品として評価されていました。
その理由はおそらく、はからずも冒頭で触れた“淡麗辛口”、すなわちビル・エヴァンスらしさが薄いと感じられるテイストゆえだったのではないかと思うのです。
では、“ビル・エヴァンスらしさ”とはなにか──ということになるわけですが、前述の“リバーサイド四部作”を基準に彼のテイストを判断しようとする“ポスト・ビル・エヴァンス(post Bill Evans)”世代のボクにとって、本作のテイストは“アンティ・ビル・エヴァンス(ante Bill Evans)”、言い換えればビバップ以前のジャズ・ピアノが有していた表現を多く含んだプレイスタイルとなっていて、それが“戸惑い”を招く原因となった、と考察するわけです。
“アンティ・ビル・エヴァンス(ante Bill Evans)”というテイストは、ジャズが多様化を極めていく1960年代後半という時代にあってノスタルジックな心理効果を生み、かつてジャズに親しみを感じていた多くの人々のジャズへの関心を呼び覚ますものでもあったため、グラミー賞などの高い評価にもつながったのでしょう。
もちろんビル・エヴァンス・トリオが、ノスタルジックな心理効果を生むために過去のスタイルをそのまま用いるような安易な方法論をとるわけがないのは、言うまでもありません。
それは、本作の収録曲『いつか王子様が』を『ポートレイト・イン・ジャズ』収録の同曲と聴き比べると、ジンワリと“見えて”くるんじゃないかと思うので、ぜひ試してみてください。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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文/ 富澤えいち
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