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今月の音遊人:矢野顕子さん 「わたしにとって音は遊びであり、仕事であり、趣味でもあるんです」
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もはやフォルテピアノは「古楽器」というカテゴリー内だけで語られる楽器ではない/フォルテピアノ 19世紀ウィーンの製作家と音楽家たち
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2020.5.12
tagged: ブックレビュー, フォルテピアノ 19世紀ウィーンの製作家と音楽家たち, 筒井はる香
フォルテピアノ、つまり私たちが知るモダンピアノのルーツである鍵盤楽器への注目度が徐々に高まっている。長いこと「古楽器(時代楽器、ピリオド楽器)」というカテゴリーに組み込まれ、古典派のモーツァルトからベートーヴェンやシューベルトなどを経て、19世紀中盤のショパンやリスト、さらにはドビュッシーの時代に至るまで「作曲当時の音を知り、演奏の可能性を広げる」という、やや学究的な視点を追求、証明する素材として捉えられていたこの楽器。その風向きがやや変化するきっかけとなったのは、2018年に「第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール」が開催されたことだろう。多くの人が知る「フレデリック・ショパン国際ピアノコンクール」と同じ主催者(ポーランド国立ショパン研究所)が開催し、日本の川口成彦が第2位を獲得したことで話題となったこのコンクールによって、ショパンの曲をフォルテピアノで弾くということがこれまで以上に認知されたのである。それに先立ち、仲道郁代らがコンサートでモダンピアノとフォルテピアノの演奏比較などをしていたので、興味を抱いていたピアノ音楽ファンも多かっただろう。
フォルテピアノとはいったいどういう楽器なのか、どうやって私たちが知るモダンピアノに進化したのか、ベートーヴェンやショパンたちはどういう楽器を弾いていたのか、ピアノを弾く人間はチャンスがあればチャレンジするべきなのか、ピアノ曲ファン(リスナー)はフォルテピアノを知ることで音楽への理解を深めることができるのか。そうした疑問に有効な回答を得るよき情報源となるのが『フォルテピアノ 19世紀ウィーンの製作家と音楽家たち』という一冊だ。
ピアノ開発者のルーツであるクリストフォーリや、オルガン製作者として有名なジルバーマン等からスタートするピアノの黎明期に始まり、ウィーン時代のモーツァルトが愛奏したヴァルター製作のフォルテピアノ、そして32曲のピアノソナタがそのまま鍵盤楽器の発展史になっているベートーヴェンとフォルテピアノの関係(どの曲がどういったピアノの機能や可能性を生かしているか)、さらにはウィーン文化を代表するベーゼンドルファー社のピアノへとつながっていく歴史までが、その時代に活躍した作曲家・演奏家たちと共に紐解かれていく。
特筆すべきは、音楽史の表舞台でなかなか語られることのない楽器製作者たちのプロフィールや、実際の開発過程における種々のアイデアとエピソードなどが紹介されていることだ。特に、ベートーヴェンが楽器製作に助言を与えたとして知られるシュトライヒャー社の歴史については一章が与えられている。またフォルテピアノの機能についても詳細に書かれており、ウィーン式のアクションとその性格、現在のピアノにはないユニークな音色を生み出すペダルの数々(音をわざとびりつかせる「バスーン」、太鼓やシンバルなどを鳴らす「ヤニチャーレン(トルコ風)」など)も興味深い。
本書は主にウィーンにおける鍵盤史を扱っているため、ショパンがパリで愛奏したプレイエルやベートーヴェンも所有していたエラールなど、フランスの製作工房によるフォルテピアノについての記載はないが、その前史と言える鍵盤楽器の歴史は「ピアノ」という楽器、そして今でも愛奏、愛聴される古典派~ロマン派音楽の理解を深めるために有効なものだ。ピアノを弾く人はフォルテピアノを知ることで自らの演奏に変化を与えられるだろうし、歴史好きの方であれば音楽の聴き方を深める大きなヒントを得られるだろう。そしてこの世界に足を踏み入れれば、小倉貴久子や渡邊順生をはじめとする素晴らしいフォルテピアノ奏者の演奏に出会うこともできる。もはやフォルテピアノは「古楽器」というカテゴリー内だけで語られる楽器ではない。
著者:筒井はる香
発売元:アルテスパブリッシング
発売日:2020年3月24日
価格:2,200円(税抜)
詳細はこちら
文/ オヤマダアツシ
photo/ 坂本ようこ
tagged: ブックレビュー, フォルテピアノ 19世紀ウィーンの製作家と音楽家たち, 筒井はる香
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