Web音遊人(みゅーじん)

もはやフォルテピアノは「古楽器」というカテゴリー内だけで語られる楽器ではない/フォルテピアノ 19世紀ウィーンの製作家と音楽家たち

フォルテピアノ、つまり私たちが知るモダンピアノのルーツである鍵盤楽器への注目度が徐々に高まっている。長いこと「古楽器(時代楽器、ピリオド楽器)」というカテゴリーに組み込まれ、古典派のモーツァルトからベートーヴェンやシューベルトなどを経て、19世紀中盤のショパンやリスト、さらにはドビュッシーの時代に至るまで「作曲当時の音を知り、演奏の可能性を広げる」という、やや学究的な視点を追求、証明する素材として捉えられていたこの楽器。その風向きがやや変化するきっかけとなったのは、2018年に「第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール」が開催されたことだろう。多くの人が知る「フレデリック・ショパン国際ピアノコンクール」と同じ主催者(ポーランド国立ショパン研究所)が開催し、日本の川口成彦が第2位を獲得したことで話題となったこのコンクールによって、ショパンの曲をフォルテピアノで弾くということがこれまで以上に認知されたのである。それに先立ち、仲道郁代らがコンサートでモダンピアノとフォルテピアノの演奏比較などをしていたので、興味を抱いていたピアノ音楽ファンも多かっただろう。

フォルテピアノとはいったいどういう楽器なのか、どうやって私たちが知るモダンピアノに進化したのか、ベートーヴェンやショパンたちはどういう楽器を弾いていたのか、ピアノを弾く人間はチャンスがあればチャレンジするべきなのか、ピアノ曲ファン(リスナー)はフォルテピアノを知ることで音楽への理解を深めることができるのか。そうした疑問に有効な回答を得るよき情報源となるのが『フォルテピアノ 19世紀ウィーンの製作家と音楽家たち』という一冊だ。

ピアノ開発者のルーツであるクリストフォーリや、オルガン製作者として有名なジルバーマン等からスタートするピアノの黎明期に始まり、ウィーン時代のモーツァルトが愛奏したヴァルター製作のフォルテピアノ、そして32曲のピアノソナタがそのまま鍵盤楽器の発展史になっているベートーヴェンとフォルテピアノの関係(どの曲がどういったピアノの機能や可能性を生かしているか)、さらにはウィーン文化を代表するベーゼンドルファー社のピアノへとつながっていく歴史までが、その時代に活躍した作曲家・演奏家たちと共に紐解かれていく。

特筆すべきは、音楽史の表舞台でなかなか語られることのない楽器製作者たちのプロフィールや、実際の開発過程における種々のアイデアとエピソードなどが紹介されていることだ。特に、ベートーヴェンが楽器製作に助言を与えたとして知られるシュトライヒャー社の歴史については一章が与えられている。またフォルテピアノの機能についても詳細に書かれており、ウィーン式のアクションとその性格、現在のピアノにはないユニークな音色を生み出すペダルの数々(音をわざとびりつかせる「バスーン」、太鼓やシンバルなどを鳴らす「ヤニチャーレン(トルコ風)」など)も興味深い。

本書は主にウィーンにおける鍵盤史を扱っているため、ショパンがパリで愛奏したプレイエルやベートーヴェンも所有していたエラールなど、フランスの製作工房によるフォルテピアノについての記載はないが、その前史と言える鍵盤楽器の歴史は「ピアノ」という楽器、そして今でも愛奏、愛聴される古典派~ロマン派音楽の理解を深めるために有効なものだ。ピアノを弾く人はフォルテピアノを知ることで自らの演奏に変化を与えられるだろうし、歴史好きの方であれば音楽の聴き方を深める大きなヒントを得られるだろう。そしてこの世界に足を踏み入れれば、小倉貴久子や渡邊順生をはじめとする素晴らしいフォルテピアノ奏者の演奏に出会うこともできる。もはやフォルテピアノは「古楽器」というカテゴリー内だけで語られる楽器ではない。

■フォルテピアノ 19世紀ウィーンの製作家と音楽家たち


著者:筒井はる香
発売元:アルテスパブリッシング
発売日:2020年3月24日
価格:2,200円(税抜)
詳細はこちら

特集

ケイコ・リー

今月の音遊人

今月の音遊人:ケイコ・リーさん「意識的に止めなければ、自然に耳に入ってくるすべての音楽が楽譜として浮かんでくるんです」

3035views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#005 ジャズの“伝統”をリスペクトするための“基準点”~『グルーヴィー』編

1866views

“音を使って音楽を作る”音楽の冒険を「ELC-02」で

楽器探訪 Anothertake

音楽を楽しむ気持ちに届ける「ELC-02」のデザインと機能

8837views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

47624views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15862views

オトノ仕事人

子ども向けコンサートを企画し、音楽が好きな子どもを増やす/コンサートプロデューサーの仕事

8825views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

22139views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14687views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13383views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

8537views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5999views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26348views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11878views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20400views

音楽ライターの眼

2020年2月、トニー・ハドリーが来日。スパンダー・バレエの名曲の数々を歌う/2020年2月23日、ビルボードライブ東京

9105views

オトノ仕事人

深く豊かなクラシックの世界への入り口を作る/音楽ジャーナリストの仕事

5186views

スイング・ビーズ・ジャズ・オーケストラのメンバー

われら音遊人

われら音遊人:震災の年に結成したビッグバンド、ボランティア演奏もおまかせあれ!

6085views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

8126views

秋田ミルハス

ホール自慢を聞きましょう

“秋田”の魅力が満載/あきた芸術劇場ミルハス

5771views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

もしもあのとき、バイオリンを習っていたら

5896views

楽器のあれこれQ&A

目指せ上達!アコースティックギター初心者の練習方法とお悩み解決

101841views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7162views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31386views