Web音遊人(みゅーじん)

「もう少しベートーヴェンの深みにはまりたい!」という好奇心に応えてくれる、“脱・初心者”向けの研究読本/ベートーヴェン 革新の舞台裏 ~創作現場へのタイムトラベル

ベートーヴェン生誕250年を迎えて

2020年は1770年に生まれた“クラシック音楽界の巨星”ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの、生誕250年というアニバーサリーイヤー。本来ならもっと盛り上がるはずなのだろうが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行でコンサートなどが縮小化される日々が続く。
しかしそうした中、意識的にベートーヴェンの交響曲などを演奏するオーケストラも多く、かえってこの作曲家と作品がいかに大切に思われているのか、こうした状況下で聴き手に力を与えてくれるのかを証明したような形になってしまった。「そうだ、ベートーヴェンはやっぱりすごかったのだ!」と思わず存在を再認識した方も多いだろう。
誕生日が12月16日だとされているので、満250歳になるのは年末。日本では『交響曲第9番<合唱付>』が日本全国で高らかに鳴り響いている時期のことだ(2020年もそうであることを願って!)。

さて、あなたはベートーヴェンをどのくらい知っているだろうか。熱心にコンサートへ足を運んだり、自宅で好んで聴いたりする方であれば、主要な代表作はよくご存知だろう。ピアノ学習者は可憐な『エリーゼのために』から32曲あるピアノ・ソナタのいくつかなど、多くの作品を自ら弾いているかもしれない。アニバーサリーだからと作品全集のようなCDボックスセットを購入済みだという方がいらっしゃるかもしれない。

ベートーヴェンが生きた時代へ

ベートーヴェンを紹介する書籍も、書店や図書館などですぐに一コーナーができるほど多数出版されており、こちらも人柄を知ることができるエピソード集のようなものから、作品の本質へと斬り込む研究書、『交響曲第9番』のみを掘り下げた書籍などなど百花繚乱の勢い。今回ご紹介する一冊は、そうした中にあって「ベートーヴェンが交響曲を9曲書いているとか、基本的なことは知っているけれど……」という“脱・初心者”といえる方が、「もうちょっと深みにはまりたい、もっといろいろな作品を知りたい、あの曲の裏側を知って理解を深めたい」といった旺盛な好奇心を満足させてくれる本だ。

著者の平野昭さんは、現在の日本におけるベートーヴェン研究の第一人者(ベートーヴェンに関する著書も多数)であると同時に、興味深い切り口で有名であるかないかにかかわらずいろいろな作品を紹介してくれたり、かの楽聖が生きた時代背景などを詳細に解説してくれたりするガイド役としても有名。そのスタンスは、この本のサブタイトル「創作現場へのタイムトラベル」からもうかがえるだろう。
それゆえ、この本で紹介されている多くの作品も、偉大なる作曲家が書いた芸術という神棚に祀られた存在ではなく、約200年前のコンテンポラリー(同時代)・アートとして捉えられている。たとえば第1章『ベートーヴェンの交響曲を聴く醍醐味』では、冒頭から「交響曲第1番の初演コンサートを聴いた人たちは、自分の耳を疑うような瞬間があったはず」という興味深い「なぜ?」を読者に投げかけ、その理由や当時の音楽作品における常識、それに反抗するようなベートーヴェンの野心などを紐解いていくのだ。

作品成立の背景を探る面白さ

ベートーヴェン唯一とされるバレエ音楽『プロメテウスの創造物』や、なかなか演奏される機会が少ない『ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲』、初演が大失敗だと伝えられながらも「第9交響曲への布石」と捉えられている『合唱幻想曲』、ベートーヴェンの愛国心が燃えたぎるような『栄光の瞬間』というカンタータ(声楽曲)など、もしあなたがまだ未聴であるなら興味を抱き「聴いてみようかな」と思わせる章が続いていく。もちろんピアノ学習者であるなら、ベートーヴェンが所有していたピアノの変遷(音域の拡張、ペダルの発展など)と32曲あるピアノ・ソナタとの深い関係性にも関心を寄せることだろう。

このように、ベートーヴェンが住んでいた250年も前のウィーンがどういった街だったのか、どういった人々が彼の周囲にいたのか、なぜベートーヴェンはこういった音楽を書いたのかといった視点で掘り起こし、結果的に「だから彼はこういう曲を書いたのだ」と作品成立の秘密を探るようなスタイルで進行していく。
もう一歩だけ深い世界へと踏み込めば、さらに未知の秘密が見える。この本は、そうしたあなたの勇気に応えてくれ、ますます“ベートーヴェン道”の楽しさや味わい深さを思い知り、知識欲を満足させてくれる一冊なのだ。

■インフォメーション

『ベートーヴェン 革新の舞台裏 ~創作現場へのタイムトラベル』

著者:平野昭
発売元:音楽之友社
発売日:2020年4月5日
価格:1,800円(税抜)
詳細はこちら

特集

上野耕平さん

今月の音遊人

今月の音遊人: 上野耕平さん「アクセルを踏み続けることが“音で遊ぶ”へとつながる」

13484views

ピョートル・アンデルシェフスキ

音楽ライターの眼

世界的ピアニストの奥深く妙なる響きに包まれて/ピョートル・アンデルシェフスキ ピアノ・リサイタル

5532views

CLP-800シリーズ

楽器探訪 Anothertake

グランドピアノの演奏体験を全身で感じられる電子ピアノ── クラビノーバ「CLP-800シリーズ」

2706views

CLP-825WH

楽器のあれこれQ&A

はじめての電子ピアノを選ぶポイントや練習を続けるコツ

3224views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

8774views

オトノ仕事人

リスナーとの絆を大切にする番組作り/クラシック専門のインターネットラジオを制作・発信する仕事

5994views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

9393views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9450views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20709views

われら音遊人 リコーダー・アンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:お茶を楽しむ主婦仲間が 音楽を愛するリコーダー仲間に

8507views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

音楽知識ゼロ&50代半ばからスタートしたサクソフォンのレッスン

8379views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32169views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

13366views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

24565views

音楽ライターの眼

ボズ・スキャッグス、ソウル&ブルースと都会派AORを兼ね備えた2019年5月の来日公演

6451views

オトノ仕事人

深く豊かなクラシックの世界への入り口を作る/音楽ジャーナリストの仕事

5355views

われら音遊人

われら音遊人:ただ今、バンド活動リハビリ中!

8423views

楽器探訪 Anothertake

存在感がありながら他の楽器となじむシンフォニックなサウンドが光る、Xeno(ゼノ)トロンボーンの最上位モデル

6177views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

12716views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

7095views

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ

楽器のあれこれQ&A

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ機種

27945views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9450views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26756views