Web音遊人(みゅーじん)

映画『ワンダーウーマン1984』を音楽で語ってみよう

2020年12月に公開された映画『ワンダーウーマン1984』が世界的なヒットを記録している。
DCコミックスを代表するスーパーヒーローの1人であるワンダーウーマンを主人公とした本作。近年の“DCエクステンデッド・ユニヴァース”映画シリーズでは『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016)、『ジャスティス・リーグ』(2017)でスーパーマンやバットマンらと共演してきた彼女、単体作品としては『ワンダーウーマン』(2017)に続く第2作となる。前作は第一次世界大戦下の1910年代が舞台だったが、今回はタイトル通り1984年のワシントンD.C.で戦いが繰り広げられる。

強敵チーターとの手に汗握るバトルや東西冷戦の終盤の緊張感、“願いをかける”ことの是非を考えさせるなど、息もつかせぬスピード感を伴う本作だが、さらに随所で1980年代カルチャーを取り入れることで、当時を知る人には懐かしく、まだ生まれていなかった人には新鮮な世界観を提示している。

ブレイクダンスやエアロビクス、アーケードゲームなど、1980年代のトレンドがあちこちでフィーチュアされる本作では、時代を彩った音楽もあちこちで聴くことが可能だ。劇中で流れる楽曲はもちろん、ポスターやチラシなど、音楽ファンだったらさらに楽しめる作品となっている。そういう意味では、本作はマーベル・コミックスの女性ヒーローが1990年代を舞台に活躍する『キャプテン・マーベル』に近い趣向といえる。

ただ、『ワンダーウーマン1984』の時代考証が若干“甘い”ことも事実だ。必ずしもそれらが考証ミスとは限らず、判りやすくするためにあえて事実を変えている可能性もあるが、そこかしこにツッコミ所があるのだ。

前半、パーティー会場でフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの『ウェルカム・トゥ・ザ・プレジャードーム』が流れるシーンがある。彼らがシングル『リラックス』でデビューしたのは1983年10月で、続くセカンド・シングル『トゥ・トライブズ』も1984年6月に発表されている。このパーティーは独立記念日の直前なので、1984年7月初旬。『ウェルカム・トゥ・ザ・プレジャードーム』が初出となる同題のアルバムは同年9月発売のため、ここで流れているのはおかしいのだ。

熱心なパンク・ファンにとって、1980年代前半のワシントンD.C.といえば、D.C.ハードコアが頭に浮かぶだろう。街にマイナー・スレットのポスターが貼られていたり、地下鉄の構内をモヒカン髪にバッド・ブレインズやクロ・マグスのTシャツを着たキッズが歩いていて、1910年代から復活したスティーヴ(クリス・パイン)がキョトンとするシーンもあって嬉しい。

その中に1986年にレコードが発売されたクロ・マグスの『ジ・エイジ・オブ・クオーレル』ジャケット・デザインのTシャツを着ているキッズがいることは、「誤認だ!」と話題になった。それに対してクロ・マグスのジョン・ジョセフはSNSで「カセット・ヴァージョンは1984年にレコーディングした」ものであり、友人であるパティ・ジェンキンス監督に自らTシャツをプレゼントしたと語っている。ただ、カセット・ヴァージョンではこの原爆デザインは使われておらず、録音クレジットも1984年11月・1985年2月と、作中より後だ。このことにジョンは「アートワークなんて気にするなよ!スーパーヒーロー映画なんだから」と主張しており、結論としては“誤認”のようである。

劇中では“ギャラクシー・レコーズ”というレコード店が登場するが、気になるのは“vinyl, cassettes and video tapes”という表記。この時代、アナログ盤レコードをvinyl records、カセットテープをcassette tapesと呼ぶことはあったが、比較的少なかった。当時はまだCDが普及していないため、あえて“vinyl”を強調する必要はなく、“records”と呼べばいい。またオープンリールや8トラックはほぼ廃れて、競合するテープ媒体がなかったため、“cassette”と呼ばずとも“tapes”で事足りる。よってアメリカの多くのレコード店では“records and tapes”と表記されていた。ただ現代と対比するために、意図的にこの表記を使ったかも知れない。

なお音楽ネタだけでなく、日本人が首を傾げる時代考証ミスもある。石油会社の経営者マックス・ロード(ペドロ・パスカル)が世界に向けて「願いをかけよう!」と訴えるシーンで、東京の渋谷交差点も出てくるのだが、映し出されるのはQFRONTビル(1999年開館)やガスト(1992年に第1号店出店)だ。とはいえ、こちらも判りやすく“東京”を描写するため、わざとやった可能性もある。

しかし、そんな時代考証ミス(?)の数々の中、一瞬だけ出てくるプロレス雑誌『レスリング・イラストレーテッド』は作中の時点での最新号1984年8月号(7月発売)と、キッチリ正確だったりする。ちなみにこの号の表紙を飾る“南部の帝王”ジェリー・ローラーはSNSで、自分が登場することについて「何てクールなんだ!!」とコメントしていた。

このようなツッコミ所の数々は、決して『ワンダーウーマン1984』の魅力を殺いではいない。むしろその逆で、我々観客をディテールに注目させることで、さらにディープに1984年の世界へといざなうことに成功しているのだ。

新型コロナウィルスの余波で公開日が二転三転した本作だが、全米ではコロナ発生後最大のヒットを記録している。映画ファン、コミックファン、音楽ファンのすべてが楽しめる『ワンダーウーマン1984』は、2021年の世界を明るく金色に照らしてくれる作品だ。

これだけ観ればOK!最新作を200%楽しめる「1分で分かるワンダーウーマン」特別映像 『ワンダーウーマン 1984』2020年12月18日(金)全国ロードショー

■インフォメーション

映画『ワンダーウーマン1984』
2020年12月18日(金)から全国ロードショー
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:宇崎竜童さん「ライブで演奏しているとき、もうひとりの宇崎竜童がとなりでダメ出しをするんです」

13862views

音楽ライターの眼

ヨーロッパでは年末年始に多くの歌劇場が上演するR.シュトラウスの「ばらの騎士」

3440views

最新の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギター専用の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

11777views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

391794views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

12074views

音や音楽の“聴こえ”をサポートし、豊かな人生を届ける/補聴器を世の中に広める仕事

オトノ仕事人

音や音楽の“聴こえ”をサポートし、豊かな人生を届ける/補聴器を世の中に広める仕事

4287views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

4648views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

6494views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

14590views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

5487views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

6623views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35004views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

9039views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

27473views

音楽ライターの眼

連載32[ジャズ事始め]渡辺貞夫ら先輩たちから受けた“愛のムチ”と佐藤允彦の決意まで

3595views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

16969views

武豊吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人: 地域の人たちの喜ぶ顔を見るために苦しいときも前に進み続ける

2829views

楽器探訪 Anothertake

【モニター募集】37鍵ピアニカに30年ぶりの新モデルが登場!メロウな音色×おしゃれなデザインの「大人のピアニカ」

28038views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

13423views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

9648views

バイオリン

楽器のあれこれQ&A

アコースティックからサイレント、エレクトリックまで多彩なバイオリンを楽しもう!

861views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10337views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35004views