Web音遊人(みゅーじん)

連載28[ジャズ事始め]渡辺貞夫が暗黒に覆われたニューヨークから日本へ持ち帰ったものとは?

1965年11月9日、アメリカ合衆国とカナダの北部エリアで、大規模な停電、いわゆる“北アメリカ大停電”が発生した。ニューヨークに滞在していた渡辺貞夫もまた、その暗闇のなかにいた。

「あのニューヨークの大停電のときはたまらなくなって、ボストンまでまっくらな停電のなかをバスで行って、その翌日にはもう帰国の手続きをして、決心してから三、四日目にもう帰り仕度をしてしまった」(引用:渡辺貞夫『ぼく自身のためのジャズ』徳間文庫)

アメリカでの生活はすでに3年を過ぎ、ニューヨーク進出も果たして第一線級のミュージシャンからオファーが来る存在になっていた彼だったが、呼び寄せた家族が帰国していたタイミングでの大停電との遭遇や、ニューヨークでのホテル暮らしに嫌気が差していたことなどが重なり、突発的に日本へ帰ってきてしまう。

仕事のオファーは続いていたにもかかわらず未練を断ち切ることができたのは、“ホームシック”の影響も大きかったのだろうが、オファーの内容への疑問もあったに違いない。すなわち、“自分のめざすジャズ=音楽”ができないことに対する不満と将来的な不安が感じ取れるのだ。

帰国するや否や、まさに荷を解く暇もなく、彼は精力的に日本での活動を開始する。

まず2週間後にスタジオ入りして、アルバム『サダオ・ワタナベ・プレイズ』をレコーディング。

4ヵ月後の1966年3月にはアルバム『家路/渡辺貞夫モダン・ジャズ・アルバム』、11月には『ジャズ&ボッサ』の制作と、矢継ぎ早にアメリカで吸収してきたサウンドを放出していく。

彼をそうさせたのは、つかみかけていた“自分の音楽”を日本のポピュラー音楽シーンに問いかけたい、という衝動だったのではないだろうか。

というのも、帰国して耳にした“日本のジャズ”に、彼が違和感を覚えていたようすがうかがえるからだ。

「日本へ帰ってきた当初は、ぼくもかなり自分が発展してきたように感じたものだが、しばらく日本にいるうちに、ビ・バップになったという気がするのだ。つまり、ビ・バップへの逆戻りである。なにか、テンポをキープしなければいけないという気が先に立ち、八分音符の連続を吹かないとまずいんじゃないか、と考えたりして、けっきょく、演奏に余裕がなくなってしまったのだ」(引用:同上)

「三年半日本を留守にしていたが別に変わったという感じがしなかった。むしろ、すごく横道にそれていった感じがした。ぼくが一緒に演奏したのは若い連中ばかりだったが、横道にそれているという印象があり、なにか勘違いしてジャズをやっているという気がしてならなかった」(引用:同上)

1960年代半ば、アメリカから漏れ伝わってくるジャズのニュースは、アヴァンギャルドなフリー・スタイルのものが多くなり、日本でもそうした潮流を先取りしようという動きが起こっていたのだろう。

流行に敏感であることは、表現者にとって必要な素質でもある。しかし──。

「前衛ものをやろうとしているのだが、それは『らしきもの』であってなにも訴えるものがないという感じだった。テクニックに頼っていてもそれがまた完全でないので、スイングしないのである。スイングしなければジャズでないといえるかもしれないし、また、スイングしなくてもジャズであるといえるかもしれないが、とにかく根底になにかスイングにしろ何にしろ核になるものがないのである。つまりは何をやろうとしているかわからないという感じなのだ」(引用:同上)

ボクがここに引用している『ぼく自身のためのジャズ』を買って読んだのは、1980年代の前半(1969年に出版された荒地出版社版、1985年の徳間文庫版は資料として買い足した)。そのころは気にならなかったのだけれど、いま読み返してみると、かなり強い口調で当時の日本のジャズの状況を批判していることに驚いている。

アメリカの最前線を体験してきた渡辺貞夫が、日本のジャズ・シーンのなにに引っかかっていたのかについては次回。まずは前掲の3枚のアルバムを総括してから、掘り下げてみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:今井美樹さん「私にとって音楽は、“聴く”というより“浴びる”もの」

6301views

音楽ライターの眼

映画『ワンダーウーマン1984』を音楽で語ってみよう

2234views

アコースティックギター「FG9」

楽器探訪 Anothertake

力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性

2511views

楽器のあれこれQ&A

ピアノ講師がアドバイス!練習の悩みを解決して、上達しよう

4204views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

4554views

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽市場を広げたい、そのために今すべきこと/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事(後編)

7250views

秋田ミルハス

ホール自慢を聞きましょう

“秋田”の魅力が満載/あきた芸術劇場ミルハス

4830views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3072views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24058views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

10632views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7082views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9654views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

12884views

音楽ライターの眼

摂氏40度をはるかに超える、“個性の競演”の熱量/イエルーン・ベルワルツ トランペット・リサイタル -竹沢絵里子(ピアノ)とともに-

1536views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

8540views

横浜レンタル倉庫(YRS)

われら音遊人

われら音遊人:目指すはフェス! 楽しみ、楽しませ、さらなる高みへ

1379views

楽器探訪 Anothertake

奏者の思いどおりに音色が変化する、豊かな表現力を持ったグランドピアノ「C3X espressivo(エスプレッシーヴォ)」

8916views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

11666views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8165views

ヴェノーヴァ

楽器のあれこれQ&A

気軽に始められる新しい管楽器 Venova™(ヴェノーヴァ)の魅力

2078views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10744views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25170views