今月の音遊人
今月の音遊人:西村由紀江さん「誰かに寄り添い、心の救いになる。音楽には“力”があります」
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日本を代表するジャズピアニストのひとりであり、クラシックにも積極的に取り組んできた小曽根真。2020年はコロナ禍の緊急事態宣言期間中、53日間にわたって自宅からライブ配信を行ったことも記憶に新しい。そんな小曽根が還暦を迎える2021年3月、完全なソロピアノ作品としては13年ぶりとなるアルバム『OZONE 60』をリリースする。
アルバムは2枚組で、1枚目にはクラシックと即興、2枚目にはジャズが収録されている。2台のピアノを弾き分けてレコーディングされた点にも注目だ。
「まず、レコーディングには自宅にあるピアノを使おうという話からはじまりました。ライブ配信をしていた53日間、ずっと弾き込んでいたおかげでコンディションが抜群に良くなっていましたから。加えてヤマハのCFX(コンサートグランドピアノ)を選び、その2台を水戸芸術館まで運んで行って録りました。僕にとってヤマハの音色というのは水墨画に近い印象で、モノトーンのなかでのグラデーションを無限に出すことができます。さらに、ピアノ調律師の曽我紀之さんの手にかかると、信じられないほど音がよく響くようになるんです。その響きに弾かされる感じで、とんでもなく深いところまで連れて行ってもらえます。今回は生まれてはじめてのホール録音で、ヘッドホンをつけず、コンサートと同じ状態で弾くことができたこともあり、これ以上ない至福の時間でした」
クラシック作品へのジャズ的なアプローチというと、原曲の骨組みだけを活かして自由にアレンジしたものが多いが、小曽根のクラシックは、まず原曲の徹底した読み込みと、作品へのリスペクトありき。1枚目の冒頭を飾るラヴェルのピアノ協奏曲より第2楽章では、夢見るようなアルペジオからオーケストラの響きが聞こえてくる。
「原曲ではコールアングレが歌っている音をちりばめながら、即興でアルペジオを弾いていきました。クラシックのあんな名曲を1曲目に入れるなんて、10年前の僕だったら怖かったかもしれないけれど、“今の僕にはこういう風に聞こえます”というアプローチを皆さんに聴いていただければと思いました」
プロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番『戦争ソナタ』より第3楽章での躍動感あふれるエネルギッシュなリズムも聴きどころ。
「あの曲はレコーディングの初日に13テイクも録って、もうヘトヘトでした。この曲は即興無しで録音するつもりだったのですが、翌朝ピアノに向かったら、色々なアイデアが聞こえてきて楽しくなった。それで、アドリブを少し入れて冒険してみたんです。僕の場合、クラシックの原曲を自分のなかできちんと消化していないと、アドリブはできません。もちろん、やろうと思えばいくらでもアドリブを入れることはできますが、それだとウソになるんですよね。曲が自分のものになっていれば、あとは音楽が導いてくれるので、“ここは遊べる”というポイントが自然に見つかります」
一方の2枚目では、これぞ小曽根節ともいうべきグルーヴィーなジャズを聞かせてくれる。
「最近のジャズというジャンルにカテゴライズされる音楽を聴きに行ったときに、ブルースを感じないことが僕には多くて、自分の音楽にはもっとブルースを入れたいと思っていました。僕にとってブルースとは、心にぐっとくる浪花節みたいなもの。このアルバムにはブルースのコード進行による曲がいくつか入っていますが、ただブルースの形式ではなくてもそれを表現する、もう一度自分の原点であるブルースというところに戻りたいという僕自身の気持ちの表れなのかなと」
『ストラッティン・イン・キタノ』の「キタノ」とは、小曽根が育った神戸の北野にちなんでいるという。
「僕のジャズはディキシーランドからはじまっていますが、神戸はやはりモダン・ジャズではなくディキシーランド・ジャズの街なんですよ。北野には“ソネ”というジャズ・クラブがあって、僕は丸坊主の頃から出入りしていました。日曜日の夕方に行くと、ファースト・セットだけ弾かせてくれるんです。“今日はなに覚えてきたんや?”と聞かれて、スタンダードを毎週覚えて行ってはバンドとセッションしてもらっていました。この店がなければ、今の小曽根のジャズはありません」
マズルカと並ぶポーランドの民族ダンスである「オベレク」をその名に冠した曲では、アグレッシブなリズムに乗って、多重録音による2台のピアノが一触即発のスリリングな展開を見せる。
「この曲を書いたのは10年ほど前、ショパンのプロジェクトに取り組んでいたときで、もとはピアノ、バイオリン、チェロ、ビオラにパーカッションが入る編成でした。ポーランドでコンサートをしたとき、地元の人たちに“あなたは日本人なのに、なんでスラブ人の気持ちがわかるの?”と聞かれたことがあったのですが、音楽ってそもそもそこが一番大切だと僕は思っています。頭を使って方言を話すのではなく、耳で聞いてそれを真似てみて、そして大切なのは自分で紡ぐその音(メロディー)を聴いて感じたものをしっかりと自分のものにすること。そうすればジャズでもボサノヴァでもショパンでも自分の感情を聴衆の皆さんの心に響かせることができると信じています」
少年時代から今に至るまで、小曽根を作ってきた音楽体験が詰まった自伝のようなアルバムでもある。
アルバム『OZONE 60』
発売元:ユニバーサルミュージック合同会社
発売日:2021年3月3日
価格:4,400円(税込)
詳細はこちら
小曽根真 60TH BIRTHDAY SOLO OZONE 60 CLASSIC x JAZZ
2021年
3月25日(木)サントリーホール(東京都)
3月27日(土)愛知県芸術劇場コンサートホール(愛知県)
3月28日(日)アトリオン音楽ホール(秋田県)
4月3日(土)ザ・シンフォニーホール(大阪府)
5月1日(土)水戸芸術館コンサートホール(茨城県)
5月3日(月・祝)メディキット県民文化センター アイザックスターンホール(宮崎県)
5月22(土)福岡シンフォニーホール(福岡県)
5月25日(火)キャラホール(岩手県)
7月4日(日)益城町文化会館(熊本県)
7月17日(土)滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール(滋賀県)
7月31日(土)いわき芸術文化交流館アリオス 大ホール(福島県)
詳細はこちら
文/ 原典子
photo/ 阿部雄介
tagged: ピアノ, アルバム, 小曽根真, OZONE 60
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