Web音遊人(みゅーじん)

ステージは作曲現場 ジャズを広げる創造力/小曽根真 スペシャル・コンサート

小曽根真はジャズピアニストの枠を越えている。ガーシュウィンはもとより、ショスタコーヴィチやモーツァルトのピアノ協奏曲などクラシック音楽の定番曲も近年盛んに演奏してきた。「目指すはジャズとクラシックの融合ではなく共存」と一貫して主張。クラシックでは原曲を尊重し本質に迫る。となれば2020年2月26日、ヤマハホールでの「小曽根真 スペシャル・コンサート」はジャズの領域を広げる挑戦だったのだろう。前半の自作に加え、後半は即興の演奏を次々に繰り広げたからだ。「作曲家即ピアニスト」の創造力が、作曲の現場を魅惑のステージに変えた。

ドビュッシーの印象派風とビル・エヴァンスの叙情性を融合させたような、でもやっぱり小曽根独自のおしゃれなジャズ。そんなデビュー作「クリスタル・ラブ」から始まった。分散和音と美しい旋律が絡まり合ってアラベスクを描く。エコーを効かせた音色が夢見心地でライトな気分を生み出す。

「今日はヤマハホールの誕生日」と小曽根は語り、リニューアルオープン10周年記念日の公演の意義を強調した。ピアノはヤマハ「CFX」。「ここ15、16年ほどクラシックを弾いていますが、このピアノはパワフル。自分の弱いところを全部カバーしてくれた」と絶賛。そして弾いたクラシックが3曲目のショパン「マズルカ第13番イ短調作品17の4」。でも冒頭から何か違う。なかなか主題が出てこない。これは即興のアレンジだ。半音階のアドリブを随所に取り入れている。「マズルカ幻想曲」とも呼ぶべき作曲であり、ジャズだ。

自作では4曲目「ララバイ・フォー・ラビット」が感動を呼んだ。演奏の途中で離席し戻った客に冗談めかして小曽根が「今日一番いい曲でした」と言ったほど。ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビー」を思わせるモダンなワルツだが、どこか懐かしいシャンソンにも聞こえ、彼の音楽的教養の幅広さを実感させる曲だった。

後半の中心は即興演奏。「ウェルカム・トゥ・マイ・コンポージング・ルーム(私の作曲部屋へようこそ)」だ。まずは1音ずつ、長調、短調、半音階の入り交じった「音列」を弾く。音列に基づく現代音楽のようなものを期待させる。そこから始まったのは全音音階風の音楽で、ドビュッシーやバルトーク、あるいはムソルグスキーの「禿山の一夜」などを想起させながら多様に展開する。ブルースや教会音楽、サティ風もあった。こうして即興は全体で2つの組曲を構成した。

シェーンベルクは即座の模倣が自身の独創性を生んだと認識していたという。作曲家でピアニストの高橋悠治は「作品自体がノートであることもありうる」と語ったことがある。断片を書き込んだノートのような、即興の作曲過程が作品になる。まさに小曽根のジャズだ。アンコールはラヴェルの「ピアノ協奏曲」第2楽章。清楚で甘美な旋律が会場を潤す。この日最も原曲に近い演奏だったが、ジャズの領土の最果てに彼の創造力の可能性を聴く思いがした。

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社文化部デスク。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:伊藤千晃さん「浜崎あゆみさんの『SURREAL』は私の青春曲。今聴くとそのころの記憶があふれ出ます」

5524views

バーニー・トーメ

音楽ライターの眼

バーニー・トーメのCD4枚組アンソロジー発売。ハード・ロックとパンクの“カッコ良さ”を体現したギタリスト

1361views

楽器探訪 Anothertake

世界の一流奏者が愛用するトランペット「Xeno Artist Model」がモデルチェンジ

26707views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

26288views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7981views

オトノ仕事人

アーティストの個性を生かす演出で、音楽の魅力を視聴者に伝える/テレビの音楽番組をプロデュースする仕事

8735views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

14730views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5681views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14276views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

8188views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

8872views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10466views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

7981views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8694views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#041 東西冷戦の最前線で生まれた西側エンタテインメントの真骨頂~エラ・フィッツジェラルド『マック・ザ・ナイフ~エラ・イン・ベルリン』編

642views

オトノ仕事人

リスナーとの絆を大切にする番組作り/クラシック専門のインターネットラジオを制作・発信する仕事

5758views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:人を楽しませたい!それが4人の共通の思い

6807views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

やさしい指使いと豊かな音色を両立させた、「分岐管」と「蛇行管」

1views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10930views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8729views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

57783views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7766views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31111views