Web音遊人(みゅーじん)

連載45[ジャズ事始め]アジアをジャズの発信源にしようとした“エイジアン・ファンタジィ・オーケストラ”という試み

佐藤允彦のアルバム『ランドゥーガ〜セレクト・ライブ・アンダー・ザ・スカイ’90』の解説をひとまず終えて、「この時期にボクが体験したいくつかのライヴでも感じたこと」に触れてみたい。

1991年1月、東京・渋谷のBunkamuraシアターコクーンでは、4日間にわたって“エイジアン・ファンタジィ”と題した日替わりの“音楽祭”が開催された。

1日目は、渡辺香津美(ギター)と仙波清彦(パーカッション)率いる“はにわ隊”が、中国音楽シーンを代表する若手とセッションを繰り広げるという内容。

2日目は、金子飛鳥(ヴァイオリン)ら日本勢がインドの“天才タブラー奏者”ザキール・フセインをゲストに招いてのコラボレーション。

3日目は、韓国から招いた“歌舞楽”と、山下洋輔(ピアノ)ら日本のフリー・フォームな即興ジャズを代表する面々が入り乱れるという、アジア的シャーマン・ミュージックの発展型。

4日目は、坂田明(サックス)のプロジェクト“おてもと”に仙波清彦を加え、ジャズ、ポップス、民謡、なんでもありで料理してしまおうという実験的な試みが繰り広げられた。

アジアの音楽家たちの、音楽を通した出逢いと交流、相互理解を目的に企画されたこの“エイジアン・ファンタジィ”は、その後も毎年開催され、1995年の“戦後50年”という節目には、シンガポール、マレーシア、インドネシアを回る初の海外公演を実施。アジア地域で活動するミュージシャンたち32名によるジャンルを超えたオーケストラが結成され、そのツアーの大役を担った。

“エイジアン・ファンタジィ・オーケストラ”は、手元の資料を見る限り、1998年と2000年、2001年にも公演を実施している。

この音楽祭の企画については、国際交流基金の交流事業の一環として実現したものであったこと、当時がバブル経済の末期であったこと、バブルの日本に続けとばかり急速な工業化によって異例のスピードで経済成長を遂げていた韓国、台湾、香港、シンガポールが“アジア四小龍(アジアよんしょうりゅう)”と呼ばれて話題になっていたことなども、背景として見逃せない。ちなみに、アジアにおいていち早く高度経済成長を果たした日本は“大龍”と呼ばれていた。

つまり、“世界の主導権”が(アメリカから)アジアへと移った(ように見えた)この時期ゆえに、ジャズという20世紀を代表する大衆音楽の発信源が日本もしくはアジアになってもいいんじゃないか──という魂胆が底辺にあったのではないかと思われるのだ。

というのは、“エイジアン・ファンタジィ・オーケストラ”の2000年の公演では、「21世紀に向けて新機軸を打ち出す多彩なコラボレーションが繰り広げられます」と、前述の“魂胆”を匂わすような案内文が添えられていたのを、この“ジャズ事始め”のために資料を見返していたときに発見したから。

ということで、次回は“エイジアン・ファンタジィ・オーケストラ”を少しだけ深掘りしてみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人 小沼ようすけ

今月の音遊人

今月の音遊人:小沼ようすけさん「本気で挑まなければ音楽の快感と至福は得られない」

22217views

音楽ライターの眼

FUJI ROCK FESTIVAL’19開催。多彩な顔ぶれと新しい発見への旅

6473views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

45259views

ヴェノーヴァ

楽器のあれこれQ&A

気軽に始められる新しい管楽器 Venova™(ヴェノーヴァ)の魅力

2674views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

11176views

佐藤順

オトノ仕事人

劇伴制作の進行管理や演奏シーンの撮影をサポートする/映画等の劇伴制作をプロデュースする仕事

4119views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

14054views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5682views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

23061views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

9876views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5703views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26231views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

9475views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10434views

音楽ライターの眼

連載4[多様性とジャズ]「ジャズは個人主義の音楽である」という前提をルイ・アームストロングに語ってもらうための序章

2077views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

2900views

Red Pumps BIGBAND

われら音遊人

われら音遊人:出自がさまざまなメンバーと、誰もが楽しめる音楽をビッグバンドで

1037views

楽器探訪 Anothertake

改めて考える エレクトーンってどんな楽器?

134998views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

25189views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8729views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

5303views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

11100views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31113views