Web音遊人(みゅーじん)

連載42[ジャズ事始め]『ランドゥーガ〜セレクト・ライブ・アンダー・ザ・スカイ’90』解説その2

前稿に続き、アルバム『ランドゥーガ〜セレクト・ライブ・アンダー・ザ・スカイ’90』を、収録順に解説していく。

3曲目の『捨丸囃子』は、伊予国(現在の愛媛県)松山地方に伝わる舞踊の一種「伊予万歳」で歌われる「豊年踊り」のメロディを引用し、祭り囃子を想起させるリズムと錯綜させることによって、世界共通とも言える“祝祭による陶酔感”を日本ならではの“素材”で表現した曲だ。

高田みどりのマリンバとナナ・バスコンセロスのパーカッションが、鎮守の杜から間断なく聞こえてくるお囃子のような導入部を浮かび上がらせ、「豊年踊り」の歌をホーン・セクションが対位法的に重ね合わせることで祭りの場が見えたことを再現、そして輪になって踊る村の衆の場景が描かれていく──という演劇的かつ重層的な構成になっている。

ナナ・バスコンセロスはブラジル出身のパーカッショニストで、ブラジル・パーカッションの遣い手として知られているが、いわゆる伝統的な奏法や楽器の選択をするような“保守的な”タイプの演奏家ではない。

この曲でも彼は、一般にはアフリカン・パーカッションの一種であるガラガラ(ラトル)を用いたり、リバーブとループで加工したヴォイスを合わせたりして、楽器が生み出すプリミティヴさと聴いたことがない音に対する驚きをごちゃ混ぜにしようとする、革新性にあふれたプレイを披露している。

その革新的なアプローチがそのまま、佐藤允彦が意図する民謡とロック・ビートの融合という“聴いたことがない音”にシンクロしていたことになる。

一方の、メロディをジャズ・オーケストラのソリのように表現しているホーン・セクションのなかからは、梅津和時のアルト・サックスがフリーキーなトーンで、ソリストとして飛び出していく。

それはまた、踊りの輪が一糸乱れぬものではなく(つまり軍隊的ではなく恣意的な行為である比喩にもなっている)、興に乗じた浮かれ者が暴れることを許す空気のなかで、行事として踊りと歌は粛々と続けられていくという“ハレの日のあるべき姿”が描かれていると言えるだろう。

その“高揚感”が覚めやらぬうちに、4曲目の『井戸替え唄』が始まる。

トロンボーンのレイ・アンダーソンが、その真骨頂ともいうべきグロウルやフラッターなどの特殊奏法を駆使したイントロダクションで“作業を始める号令”を発し、2拍子の“労働歌(作業歌)”へと導く。

日本の作業歌は、アメリカン・アフリカンにおける“ブルース”や“ゴスペル”に相当し、その特徴的な形式である“コール・アンド・レスポンス”にも類似していたことに気づけば、民謡や作業歌がジャズにならないはずはないじゃないか──という佐藤允彦の囁きが、轟音のアンサンブルのなかから聞こえてくるような気もする。

う〜む、掘れば掘るほど、このランドゥーガのステージが、スター・プレイヤーを並べて日本的な題材をジャズっぽくアレンジしただけのイヴェント仕事ではなかったことが明らかになってくるのがおわかりいただけるだろうか……。

アルバム後半は次回。

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富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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