Web音遊人(みゅーじん)

ポール・ロジャース

ポール・ロジャース、大病を乗り越えて新作『Midnight Rose』で完全復活

ポール・ロジャースがニュー・アルバム『Midnight Rose』を海外でリリースした。

1960年代末からフリー、そしてバッド・カンパニーで活躍してきたポールは英国ロックを代表する稀代のシンガーとして世界中のリスナーから愛されてきた。『オール・ライト・ナウ』『キャント・ゲット・イナフ』などのヒット曲で聴かれるソウルフルなヴォイスと息遣い、コブシの効いた歌い回しはファンのみならず数多くのトップ・ミュージシャンをも魅了。元レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジはポールとザ・ファームを結成しているし、クイーンがフレディ・マーキュリーの没後にツアーを再開するにあたって、後任シンガーとして白羽の矢を立てたのが彼だった。

ソロ・アーティストとしても活動、アメリカ南部ソウルを歌った『ザ・ロイヤル・セッションズ』(2014)やフリー時代のナンバーを再演する『Free Spirit』(2018)を発表するなどしてきたポールだが意外なことに、純然たる新作オリジナル・スタジオ・ソロ・アルバムは『エレクトリック』(1999)以来24年ぶりとなる。『ファイア・アンド・ウォーター』『ミスター・ビッグ』『フィール・ライク・メイキング・ラヴ』『シューティング・スター』などの名曲の数々に加えてブルース、ソウル、ジミ・ヘンドリックスの楽曲などをライヴ・レパートリーとする彼ゆえ、オリジナル新曲がなくても決して困らないのではあるが、ファンとしては若干の寂しさを覚えることも事実だった。

押し引きのツボを心得た歌いっぷり

『Midnight Rose』は待ったかいのある、気合いの込められたアルバムだ。

オープニングの『Coming Home』からハード・ロック的な演奏で始まるが、ポールの入魂のヴォーカルはさらに圧倒的なパワーに満ちている。それでいて決して力任せになってしまうことなく、押し引きのツボを心得た歌いっぷりは彼の敬愛するアメリカ黒人音楽に根差したものだ。

彼のアメリカ音楽への熱い想いは、『リヴィング・イット・アップ』でも顕著に表れている。イギリスに生まれながらブルースとソウル、ロックンロールが息づくアメリカへの憧憬を抱く彼はこの曲でオーティス・レディング、アレサ・フランクリン、レイ・チャールズらの名前を挙げ、偉大なソウル・シンガー達への敬意を表している。

エレクトリックなロック路線の前半から一転、アルバム後半はアコースティック主体に。フォーク/トラッド的な『ダンス・イン・ザ・サン』やバラッド調の『ハイウェイ・ロバー』と、ポールのイングリッシュな側面が顔を覗かせているのも本作の魅力だ。

全8曲、32分と決して長いアルバムではないものの、多彩な楽曲が揃っており、ポールの歌唱も曲ごとに異なった表情を持つ、豊潤な作品だ。オールド・ファンのみならず、初めて彼のヴォーカルに触れるリスナーにも大きく扉を開け放つことになるだろう。

病気からの復活の狼煙

デビューから半世紀を経て、ポールの歌声のハリ・伸び・艶がいささかも衰えていないのは驚嘆に値するが、さらに驚きなのはその直前まで彼が体調を崩しており、歌うことはおろか話すことすら困難だったということだ。2016年に最初の脳卒中の症状を起こした彼だが2018年8月、2度目の大きな発症は外科手術を要するものだった(小さい発症も11回している)。頸部の手術は声帯を傷つけるリスクもあったというが無事成功、退院した時点では会話もままならなかったがリハビリを続け、半年後にはギターを手に取ることが出来たという。

ポールはあえて自分の大病のことを公にせず、ニュー・アルバムを完成させることで完全復活を宣言することにしたのだった。

『Midnight Rose』をアメリカでリリースするのは“サン・レコーズ”だ。1950年代にエルヴィス・プレスリー、ロイ・オービソン、ジェリー・リー・ルイス、ジョニー・キャッシュなどのレコードを発表、初期ロックンロールの名門と呼ばれたレーベルだが、近年ではイアン・ハンター、スージー・クアトロ、そしてポールなど、異なった毛色のアーティストとも契約を交わして注目されている。彼らはいずれもベテランのアーティストだが、21世紀において伝説の“サン・レコーズ”をどのように牽引していくか、興味が尽きない。

1949年12月生まれというので、73歳となったポールだが、これからも健康に気を付けながら、そのロックでソウルフルな歌声を聴かせて欲しい。『Midnight Rose』は高々と立ち上る復活の狼煙だ。

■アルバム『Midnight Rose』

アルバム『Midnight Rose』

発売元:SUN RECORDS
発売日:2023年9月22日
アーティスト公式サイト
レーベル公式サイト

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:甲田まひるさん「すべての活動の土台は音楽。それなしでは表現にはなりません」

4416views

音楽ライターの眼

多様性の新クラシックへ、先導役はサクソフォン/田中靖人サクソフォン・リサイタル

2777views

【楽器探訪 Another Take】ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

楽器探訪 Anothertake

ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

10731views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

5540views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

8013views

金谷かほり

オトノ仕事人

ひとりとして取り残すことなく、誰もが楽しめる世界を創出/演出家の仕事

322views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

23200views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3308views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

24900views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

1445views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4863views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31225views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

19943views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

13325views

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.3

音楽ライターの眼

なぜジャズのハードルは下がらないのか?vol.3

7113views

オトノ仕事人

音楽をやりたい子どもたちの力になりたい/地域音楽コーディネーターの仕事

9670views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

4674views

reface シリーズ

楽器探訪 Anothertake

ひざの上に乗せてその場で音が出せる!新感覚のシンセサイザー「reface」シリーズ

13983views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

11000views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

5650views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

47113views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9184views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26284views