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連載41[ジャズ事始め]『ランドゥーガ〜セレクト・ライブ・アンダー・ザ・スカイ’90』解説その1

前稿で「掘り下げてみたい」としたアルバム『ランドゥーガ〜セレクト・ライブ・アンダー・ザ・スカイ ’90』を、収録順に解説していこう。

1曲目の『磯浦網引き唄』は、民謡『江差追分』をモチーフに展開。

冒頭、民謡であれば独唱で小節(こぶし)をきかせた朗々たるAメロが放たれるところを、管楽器を中心にした音圧の高い合奏で構成。それはあたかもファンファーレのようであり、日本古来の5音階という縛りを与えられながらも、祝祭の開始を予感させる共通言語として共有されることを狙った周到なオープニングであると言えるだろう。

イントロダクションを終えると、土方隆行によるディストーションのかかったギターのリフが切り込んできて、場面が一転する。

民謡のモチーフを保ちながら、アレックス・アクーニャが8ビートのリズムを叩き出し、一気に曲想は20世紀後半のフュージョナルなものへと変容する。

1990年当時、この部分のサウンドを耳にして「佐藤允彦がウェザー・リポートを再現してくれた!」と驚喜した記憶は、いまとなっては浅い読みだったとお恥ずかしい限りだが、ウェイン・ショーターとアレックス・アクーニャ(いずれもウェザー・リポートのメンバー)が参加しているステージを観てそう思うのはやむないことと弁明したい。

が、いま考えると、佐藤允彦のなかにもそのように“誤読”させる意図が、もしかしたらあったのかもしれない。

というのも、音楽的な管理が行き届いたスムース・ジャズへと求心力が移行していった1980年代のフュージョン・シーンにおいて、ウェザー・リポート(主にコ・リーダーのジョー・ザビヌル)がそれに対応しきれなかったことが解散(1986年)の理由のひとつではないかとボクは分析しているから。

ウェザー・リポートに必要な対応策(あるいはスムース・ジャズへの対抗策)とは、総花的なロマン派から国民楽派へ主流が移行していったクラシック音楽の歴史を範にするかのような、民族音楽との大胆な融合=フュージョンだったんだと思う。

音楽の多様化が進んだ1980年代では、アフリカン・アメリカンのルーツ的なアフリカの民族音楽の要素を掘り下げるだけでは飽き足らず、人種の坩堝(るつぼ)と称されるアメリカの、より雑多な民族性をあぶり出すことに大衆の興味が移行していた感がある。

こうした流れはすぐに“ワールド・ミュージック”という大きな括りにのみ込まれ、ウェザー・リポートのコ・リーダーだったジョー・ザビヌルやウェイン・ショーターも一時的にこのパズルのピースの担い手になっている。

そうした背景を踏まえると、では日本の民族音楽からはどんなジャズ、どんなフュージョンを創造できるのか──ということを、ジョー・ザビヌルに代わって佐藤允彦が1990年代版ウェザー・リポートとしてぶち上げようとしたのがランドゥーガであり、それを象徴するのがこの『磯浦網引き唄』であったと、いまになって気づかされるのだ。

そして2曲目『陵王伝』は、舞とともに奏でられる雅楽の『羅陵王』をモチーフにした構成。

雅楽のサウンドを現代のジャズ/フュージョンの楽器と発音によって成立させられるのか、というリスキーな試みだが、佐藤允彦は現代音楽的なアプローチではなく、ナナ・バスコンセロスが奏でるブラジルの民族楽器・ビリンバウをイントロに用いてステージに神秘的な空気感を醸し出す。

アコースティック・ピアノで西洋の和声を敷きながら、ウェイン・ショーターの笙(しょう)の音のようなソプラノ・サックスと幽玄な対話を展開。

岡沢章の重くて太いベースが加わり、スペーシーなギターと和太鼓をイメージさせるドラムやパーカッション、さらにホーン・セクションのユニゾンで気持ちを高ぶらせていくようすは、雅楽のもつ祝祭のための効果を模したものであり、ジャズ・オーケストラ・アレンジのクライマックスへの導き方にも似て(さらに言えば1980年代マイルス・デイヴィス・バンドがよく用いていたファンクの展開部分の要素も感じられる)、見事にジャパニーズ・エッセンスが昇華されている。

3曲目以降は、次回に。

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富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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