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巨大なピアニッシモを基本として弾いていく、ベーゼンドルファーピアノとの出会い/大野眞嗣インタビュー
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2021.10.20
tagged: ピアノ, インタビュー, 大野眞嗣, Model280VC
ロシアピアニズムの奏法を約30年間にわたって研究し、独自のメソッドで教育活動を展開している大野眞嗣 さん。最近、新たなピアノと出会い、自身のピアノ観が覆されるほどインスピレーションを刺激されていると聞いて早速、お話をうかがってみた。
「10年弾いてきた他社のフルコンサートグランドピアノから新たな発想が湧かなくなってしまい、この先何を考えどうやって生きていったらいいのだろうと途方にくれていたときに、ベーゼンドルファーの最新モデルを試弾し、衝撃を受けました。シューベルトのソナタをちょっと弾いてみたんですが、響きがフワッと歌い上がって、それに包まれる心地よさは、生まれて初めての体験でした。響きが豊かだと、音を出すタイミングも自由になり、歌い回しや音楽の作り方も今までの発想になかったものが次々と湧いてくるんです。これはすごい!と、一瞬でベーゼンドルファー Model280VCの購入を決めました」
2021年4月に納入されて以来、日々楽器と対話しながら、まだ知らない世界があったと驚き、好奇心をそそられているという。
「生きる道標を示してくれたように思います。それは、一言で言えば繊細さ。この楽器には、薄い氷の上を歩いているような繊細さを感じます。そして、その繊細さの裏には心の広さ、深さ、優しさ、つまりは寛容さがあります。私にとってベーゼンドルファー Model280VCは、もはや楽器を超えて生きた品格ある人間として存在しています。私自身もそんな人間になることを目指して精進し、残りの人生を歩みたいと思います」
内田光子さんの日本人ならではの繊細な演奏に強く心惹かれると語る大野さん。ベーゼンドルファー Model280VCには、そうした微妙な表現に通じる何かがある、美しい以上の美しさを称して「麗しい」という言葉があり、「もえぎいろ」のような色彩を微妙に表現する言葉がある日本の文化は、ベーゼンドルファーのウィーンの伝統につながるという。
「ウィーンは中央ヨーロッパ。多種多様な人種が入り混じり、オーストリア・ハンガリー帝国が生まれました。その地理的、歴史的背景から、ウィーン独自の繊細な文化伝統は生まれたのです。ベーゼンドルファー Model280VCはそのような伝統を知っている職人たちが作った楽器なんだなと、その音色から感じます。教会の鐘の音、石畳を歩く足音、カフェの喧騒、そういうものをすべて含めてウィンナートーン。よい音って、表と裏の響きがあるんです。言葉を変えると天使と悪魔。人間の感情と同じですね。そういう複雑なニュアンスを表現できる楽器です。矛盾する、相反するものは、すべて宇宙のエネルギーから生まれている。そのエネルギーをすべて集めて、指先から楽器に伝えたいと思います」
88鍵の横に広がる鍵盤への意識ではなく、ピアノのボディの一番長い先端に向かって音を鳴らすという感覚に、あらためて目覚めたという。
「若いころは横の感覚で弾いていたんですが、いつからか縦の感覚で弾くようになりました。2次元から3次元へとでも言うのでしょうか。音楽の根源的な楽器とも言える声楽の演奏家が、ホールの客席に声を届けるような感覚ですね」
クラシック音楽を演奏するということは過去に作られた作品を辿る旅だと語る大野さん。
「国際コンクールの演奏などを聴いていると、その演奏の大半は未来に意識が向けられているように感じます。みなさん上手いんだけれど、少し違和感を覚えてしまう。本来、過去を辿るべきだと思っているので……。ときどき、過去にイメージを巡らせて弾いている人に出会うと、必ずしも評価されるとは限らないけれど、ホッとしますよね」
ベーゼンドルファー Model280VCを弾くようになって、自身の精神宇宙を100パーセント出すのではなく、10パーセント程度で言い尽くすようなゆとりと美意識を感じているという。
「ある著名なピアニストがマスタークラスでおっしゃっていて、すごく的を射た表現だなと思った言葉があります。『リストのソナタの出だしは巨大なピアニッシモである』。それは、まさに私がベーゼンドルファー Model280VCに感じているイメージです。巨大なピアニッシモを基本として弾いていく。触れるだけで歌ってくれる楽器。10パーセントのゆとりの演奏ができる。力を抜いて楽器に身を任せるだけで、ファンタジー豊かな音楽世界が広がる。ウィーン作品にはもちろん合っているけれど、ショパン、そしてドビュッシー、フォーレ、メシアンなどのフランス作品にも合っている。繊細さだけでなく、音に核があるのでパワーもある。この楽器と過ごすこれからの人生が楽しみです」
大野眞嗣〔おおの・しんじ〕
1965年東京生まれ。桐朋学園大学およびモーツァルテウム音楽院(オーストリア)にて学ぶ。ヨーロッパ在住中、ドミトリー・バシキーロフ、タチアナ・ニコラーエワ両氏との出会いからロシアピアニズムに目覚め、現在まで研究を続けている。約30年間のロシアピアニズムの奏法の研究、教育活動において、国際、国内コンクールにて多くの受賞者を輩出しており、ヤマハ・マスタークラス、桐朋学園大学、東京藝術大学、洗足学園音楽大学、常葉大学短期大学部、国立音楽大学にて教職に就いている。自身のブログ「大野眞嗣 ロシアピアニズムをつぶやく」を通じて日本にロシアピアニズムの奏法を広める執筆活動を継続中。 また、著書に「響きに革命を起こすロシアピアニズム」~色彩あふれる演奏を目指して~(ヤマハミュージックメディア)、その他、冊子「ピアノの本」にて「大野眞嗣のロシアピアニズムが教えてくれた」を連載。
大野眞嗣オフィシャルサイト
Model280VCは、ベーゼンドルファーの伝統的なピアノづくりをベースにスケールデザインを一新し、「歌う音」と評されるあたたかな音色をそのままに、音の立ち上がりの速さとダイナミックレンジの広さ、そして音色の多彩さを実現しました。クラシック、現代曲、ジャズなど、アーティストが求める様々な表現に応えるコンサートグランドピアノです。
文/ 森岡葉
photo/ 坂本ようこ
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