Web音遊人(みゅーじん)

連載15[多様性とジャズ]ジャズのアイドルたちへのオマージュにあふれた『ミンガス・アー・アム』収録曲

『ミンガス・アー・アム』の特色である残りの2つのうち、まず、「“ジャズ”のテイスト」について考えてみたい。

収録曲のタイトルを眺めると、ジャズをかじったことのある人なら“デューク”と“ジェリー・ロール”に反応するんじゃなかろうか。

『オープン・レター・トゥ・デュ―ク』の“デューク”はデューク・エリントン、『ジェリー・ロール』はジェリー・ロール・モートンのことだとピンと来れば、ジャズのマニア度もかなり深まっていると言っていいかも。

デューク・エリントンは、“ジャズを代表する”と言っても過言ではない、作曲家にしてバンド・リーダー。ミンガスが最も敬愛した存在だ。

1930年代に絶頂期を迎えたエリントンの音楽性は、その後のジャズが進むべき道と、ジャズが選ぶべきコンセプトに先鞭をつけ、それゆえにジャズは“モダン”と冠される表現芸術となりえた。そしてフリーやフュージョンといった異なるアプローチごとの断絶的な結論を招くことになってもなお、それらを一括して“ジャズ”と呼ばせる“背景”さえも与えた──とボクは考えている。

ミンガスがデューク・エリントンを崇拝していたことは、例えば彼の自伝的著書にこんな文章で示されている。

「何て言ったらいいのかな、キリスト、仏陀、モーゼ、デュークにバードにアートなんだ」(『ミンガス 自伝・敗け犬の下で』チャールズ・ミンガス著、稲葉紀雄・黒田晶子訳、晶文社、1998年刊)

これは、18歳ぐらいのミンガスがアート・テイタム(1920年代後半から50年代にかけて活躍したピアニスト。その神業的テクニックをもって他を圧倒し、ジャズ・ピアノの“神”と呼ばれた存在)にセッションがあるからと呼び出され、猛特訓を受けているときに発した言葉。この自伝ではほかにも、折々でミンガスがエリントンを基準にジャズと自分との距離を測っている記述が見られる。

一方『ジェリー・ロール』は、トロンボーンをフィーチャーしたニューオーリンズ・スタイルの曲調から、ジャズ黎明期に活躍して自らを“ジャズとスウィングの創始者”と喧伝したピアニストのジェリー・ロール・モートンをイメージして書かれた曲、としか考えられないだろう。ちなみに、“ジェリー・ロール・モートン=ジャズとスウィングの創始者説”の真偽は定かではない。

そして先の自伝での発言に出てくるもうひとり、バードことチャーリー・パーカーをイメージした曲が『バード・コールズ』だ。3人のサックス奏者(アル卜2名とテナー1名)がパーカーへのオマージュにあふれた合奏と独奏を聴かせる、ストレート・アヘッドな内容。

また、固有名詞ではないのでわかりづらいが、『グッドバイ・ポーク・パイ・ハット』の“ポーク・パイ・ハット=山高帽”とは、それが卜レードマークだったサックス奏者のレスター・ヤングのことで、このアルバム収録の2ヵ月ほど前に亡くなった彼へ哀悼の意を捧げた、黒人霊歌を思わせるようなメロディが印象的な曲だ。

このように、このアルバムに“隠しコマンド”のように仕込まれているジャズの先人たちの影を(演奏を聴かずに)見るだけでも、ミンガスがいかに「“ジャズ”のテイスト」を重視して自らのサウンドを創ろうとしていたのかがわかるのではないだろうか。

さて今回は、曲名に秘されたジャズにばかり言及してしまい、“多様性”に欠けた回になってしまったかもしれない。が、次回の「楽曲のテーマ性」でタップリとその辺りに斬り込んでみたい。

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

亀井聖矢

今月の音遊人

今月の音遊人:亀井聖矢さん「音楽は感情を具現化したもの。だからこそ嘘をつけません」

3491views

ルッカの生家前にあるプッチーニの像

音楽ライターの眼

フィギュア・スケートの選手たちに愛されるプッチーニの『トゥーランドット』 vol.1

32857views

赤ラベルが再現!ヤマハギター50周年記念モデル

楽器探訪 Anothertake

赤ラベルが再現!ヤマハギター50周年記念モデル

11883views

日ごろからできるピアノのお手入れ

楽器のあれこれQ&A

日ごろからできるピアノのお手入れ

66679views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

11250views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

7082views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

25537views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3398views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

32167views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

3655views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4880views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10547views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

8045views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

23917views

音楽ライターの眼

「ゴルトベルク変奏曲」を弦楽器で聴く歓び

5796views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

歌手・演奏者と共に観客を魅了する音楽を作り上げたい/コレペティトゥーアの仕事(後編)

7831views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2130views

Pacifica

楽器探訪 Anothertake

「自分の音」に向かって没入できる演奏性と表現力/エレキギター「Pacifica」

1560views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

7260views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8542views

ギター

楽器のあれこれQ&A

ギター初心者のお悩みをズバリ解決!

709views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3336views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26340views