Web音遊人(みゅーじん)

ショパンのマズルカは、ピアニストにとって特別な意味をもつ魅力的な作品

ショパン国際ピアノコンクール(以下ショパン・コンクール)には、優勝や入賞とともに、マズルカ賞、ポロネーズ賞、ソナタ賞、コンチェルト賞という副賞が用意されている。とりわけマズルカ賞はピアニストにとって大きな意味をもち、歴代の受賞者が「とても誇りに思う」と語っている。

それではショパンのマズルカとは、いったいどのような作品なのか詳しく見ていきたい。

美しい緑に囲まれた生家、夏季にはサロンでコンサートも行われる

マズルカとは本来ポーランドの一地方「マゾフシェの」を意味するポーランド語で、ショパンは古くからこの地方に伝わる国民的舞曲をもとにして生涯50曲以上のマズルカを生み出した。そして、マズルカに祖国への思いを託したともいわれる。

ショパンはポーランドに伝わる多くの民族舞踊のなかで、マズル(マゾフシェ地方の舞曲。快活なテンポの楽しい曲で、しばしば付点リズムをもつ)、オベレク(シロンスク地方の舞曲。急速な踊りで、回転を繰り返す)、クヤヴィアク(クヤヴィ地方の舞曲。ゆったりとしたテンポで、メランコリックな表情をもつ)の旋律とリズムを選び、それを発展させてマズルカを書いた。

通常、マズルカの速度は中庸でワルツと同じく3拍子をとるが、2拍目または3拍目にしばしば鋭いアクセントがつき、独特のリズム構造を備えている。

作曲は少年時代から死の年まで生涯にわたっており、最初はシンプルで優雅で親しみやすい曲想をもっていたが、徐々に様式や作風が変化し、晩年のマズルカは和声や形式が充実して独創性も増している。

この付点リズムを多用したマズルカは、そのリズム感覚を把握するのが非常に難しく、楽譜通りに弾くと跳ねるような感じが失われ、重くなってしまう場合がある。ショパン・コンクールに賞が設けられ、全参加者のなかからもっともすぐれたマズルカを演奏した人に賞が与えられるわけだが、ポーランド人にとってもショパンにとっても、マズルカは大切な意味合いをもっている。ショパンは折りに触れて日記を綴るようにマズルカを書き、3分ほどの短い曲のなかにあらゆる心情を盛り込んだ。

ショパン・コンクール開催時(10月)のワルシャワは《黄金の秋》と称され、黄葉が街全体を包み込む

マズルカは楽譜の出版社によって収録曲の順番や通し番号などが著しく異なるため、混乱を招く場合があるが、ショパンの心の日記とも称されるマズルカ、さまざまなピアニストが演奏しているため、聴き比べも面白いと思う。ぜひ、ショパンに思いを馳せながら、マズルカに触れてほしい。

 

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

 

facebook

twitter

特集

大江千里 さん- 今月の音遊人 

今月の音遊人

今月の音遊人:大江千里さん「バッハのインベンションには、ポップスやジャズに通じる要素もある気がするんです」

14801views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.7

4485views

CP88/73 Series

楽器探訪 Anothertake

ステージで際立つ音色とシンプルな操作性で奏者をサポート!最高のライブパフォーマンスをかなえるステージピアノ「CP88」「CP73」

12745views

楽器のあれこれQ&A

講師がアドバイス!フルート初心者が知っておきたい5つのポイント

12918views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

8040views

オトノ仕事人

音楽をやりたい子どもたちの力になりたい/地域音楽コーディネーターの仕事

6371views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

10849views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

10849views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

18937views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

3230views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

贅沢な、サクソフォン初期設定講習会

4721views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

26191views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

9896views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

18937views

音楽ライターの眼

連載27[ジャズ事始め]アメリカへ渡った渡辺貞夫をトリコにした甘口&ポピュラー路線のジャズ

1800views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

わかりやすい言葉で、知られざる楽器の魅力を伝えたい/楽器博物館の学芸員の仕事(後編)

6969views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

5660views

【楽器探訪 Another Take】人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

9515views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

11019views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

7234views

ピアノの地震対策

楽器のあれこれQ&A

いざという時のために!ピアノの地震対策は大丈夫ですか?

30365views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

5477views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

7945views