Web音遊人(みゅーじん)

ジュネーブ国際音楽コンクールチェロ部門優勝──世界に飛翔する上野通明の挑戦

2021年は国際コンクールのさまざまな部門において日本人の演奏家の優勝&入賞が相次ぎ、クラシック界は活況を呈している。やはり若手音楽家の活躍はたのもしい限りである。

そのなかで、10月にスイスのジュネーブで開催されたジュネーブ国際音楽コンクールのチェロ部門にて、上野通明が日本人として初めて第1位を獲得。3つの特別賞も受賞するという快挙を成し遂げた。

「ジュネーブ・コンクールに参加しようと決めたのは、セミファイナルの曲目がオリジナリティを求めるものだったからです。僕はJ.S.バッハの『ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第2番ニ長調BWV1028』を選んだのですが、これはバッハという天才にしか書けない歓びに満ちあふれた作品で、特に第3楽章に惹かれます。ほの暗くしっとりとしていて、シチリアーノ風の面もあり、心に響きます」

こう語る上野通明は、現在ドイツでピーター・ウィスペルウェイに、ベルギーでゲーリー・ホフマンに師事しているが、コンクール前にはふたりの先生からアドヴァイスを受け、レッスンも行ったという。

「ウィスペルウェイ先生にはもう6年就いています。とてもアーティスティックな面を重視する教えで、ユニークな考え方をする人です。2021年秋まで師事する予定でしたが、コロナ禍の影響でレッスンは2022年の夏まで続けることになっています。一方、ホフマン先生は伝統を重視し、スクール(流派)も大切にされます。自分にとって新しいインスピレーションが湧くことを期待して学んでいます」

ホフマンのレッスンはエリザベート王妃音楽大学(1939年創立)で行われ、この学校はワーテルローの森のなかに位置し、自然豊かな環境のもとで研鑽を積むことができる。

「僕は4歳のときにヨーヨー・マの演奏するバッハのビデオを見て憧れ、どうしてもチェロを弾きたいと思ったのですが、両親にはまだ早いといわれ、1年待って5歳から始めました。父は外交官で、僕が生まれたのはパラグアイですが、子どものころからスペイン語圏の国に住み、インターナショナルスクールで英語を学びました。チェロは低音の深みのある音に魅了され、小学生のときのアルバムに、すでに《チェリストになりたい》と書いています」

ジュネーブ・コンクールのファイナルでは、ヴィトルト・ルトスワフスキ(1913~1994)のチェロ協奏曲(1970)を演奏した。

「あまり演奏される機会のないコンチェルトですが、他の作品にはないような暗さがあり、胃のなかからえぐりだされるような感じを受け、アドレナリンが全開する作品です。とりわけ第3楽章に魅せられています。コンクールのときは指揮者と念入りに打ち合わせを行い、本番に備えました。この曲は、今後ずっと弾いていきたい。演奏される機会をもっと増やし、作品のよさを多くの人に知ってほしいのです」

コンクール後は演奏のオファーが殺到しているが、今後の目標は……。

「技術面では、もっと芯のある音が欲しいですね。いまは張りのある細めの音を特徴としていますが、より太くずっしりとした音が出せるようになりたいです。バロックから現代作品まで幅広くレパートリーにしたいのですが、現代の作曲家の委嘱作品を初演することにも意義を見出しています」

2022年1月20日には紀尾井ホールでリサイタルを予定し、コンクールで演奏したバッハからスタートし、ヒンデミットの「3つの小品より幻想小曲作品8-2」、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第2番と続け、後半はドビュッシーとプーランクのチェロ・ソナタというフランス・プロを披露する。

「このバッハをぜひ、聴いてほしいのです。ヒンデミットは現代作品のような趣もあり、ロマンティック。ベートーヴェンは精神性が高く、彼の性格が表れていると思います。フランス作品も自由な印象で大好きなので、のびのびと演奏できると思います」

ジュネーブ・コンクールの覇者は、今後は国際舞台での演奏を視野に入れ、新たな挑戦を続ける。その気概を演奏から受け取りたい。

 

伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー

 

facebook

twitter

特集

辻󠄀井伸行

今月の音遊人

今月の音遊人:辻󠄀井伸行さん「ピアノは身体の一部、大切な友だちのようなものです」

3217views

音楽ライターの眼

錦織健が15年ぶりに“日本の歌だけを歌う”テノールリサイタルを行う

3090views

ヤマハギター50周年を機にアコースティックギターのFG/FSシリーズがフルモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギターFG/FSシリーズがフルモデルチェンジ

19764views

初心者におすすめのエレキギターとレッスンのコツ!

楽器のあれこれQ&A

初心者におすすめのエレキギターと知っておきたい練習のコツ

23105views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

11806views

オトノ仕事人

大好きな音楽を自由な発想で探求し、確かな技術を磨き続ける/ピアニストYouTuberの仕事

46012views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

9260views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9045views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10354views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

3505views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4684views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26112views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8558views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10354views

サルヴァトーレ・リチートラ

音楽ライターの眼

3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせたサルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ Vol.2

3946views

オトノ仕事人

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

6607views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

2360views

楽器探訪 Anothertake

バンドメンバーになった気分でアンサンブルを楽しめるクラビノーバ「CVP-800シリーズ」

7462views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

8855views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4803views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バイオリンの購入ポイントと練習のコツ

20726views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5606views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26112views