今月の音遊人
今月の音遊人:生田絵梨花さん「ステージに立つと“音楽って楽しい!”という思いが、いっそう強くなります」
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コンサートは、奏者、聴衆、楽曲が相互に作用するパワースポット/桑原志織インタビュー
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2022.3.15
10代から国内外の主要コンクールで上位入賞を果たし、2021年はイスラエルのテルアビブで開催された第16回アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノマスターコンクールで第2位という快挙を成し遂げた桑原志織。受賞後初の国内リサイタルに向けての想いを聞いた。
2021年のアルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノマスターコンクールで、日本人としては44年ぶりの入賞、歴代最高位の第2位に輝いた桑原志織。2022年3月30日に紀尾井ホールで開催される受賞後国内初となるリサイタルでは、「今の自分の集大成として挑戦する渾身のプログラム」と語る曲目の数々を聴かせてくれる。
「最初にシューベルト『さすらい人幻想曲』を入れようと決めて、それに組み合わせるベートーヴェンのソナタは、『悲愴』が調性的にも雰囲気的にも合っているかなと思いました。それぞれの作曲家が運命に苦しんだ時期に書かれ、その逆境をはね返すような力を持った作品です。後半のリスト『ピアノ・ソナタ』は、18歳のときからコンクールなど様々な場面で演奏してきました。シューベルト『さすらい人幻想曲』の影響を受けたという説もあり、リストがピアノ音楽の可能性を追求して書いた意欲作で、壮大でドラマティックなだけでなく深い精神性が感じられます。『さすらい人幻想曲』を軸に、全体として力強いエネルギーが詰まったプログラムにしようと考えました」
後半の冒頭では、著名な音楽祭やオーケストラから作品を委嘱され注目を集めているドイツの作曲家イェルク・ヴィトマンの《11のフモレスケ》を取り上げる。
「以前は現代作品にあまり興味がなかったんですが、ベルリンで2020年の秋、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会が久しぶりに観客を入れて開催されたとき、ベルク『抒情組曲からの3つの小品(管弦楽オーケストラ編)』を聴いて、あぁ、いい音楽だなと心から思えたんです。この時代に生きる私たちに一番近い音楽だなと。和音がメロディックでなく、無機質に感じられるところが、何もかもオンラインになっている今の状況のデジタルな冷たさに通じるような気がしたのです。そんな音の中でときどき微かにメロディが現れると、どんなときでも幸せや喜びを感じる瞬間があるんだなと思えたり……。それをきっかけに興味が湧き、ベルリンで師事しているクラウス・ヘルヴィッヒ先生にご相談し、この作品に取り組んでみたら?と勧められました」
リスト『ピアノ・ソナタ』以外は、すべて新しいレパートリーで挑むリサイタル。その核となるシューベルト『さすらい人幻想曲』は、長年のあこがれの作品だったという。
「高校1年生くらいから、いつか弾けたらいいなと思っていました。技巧的に難しいのはもちろんですが、精神的にまだ無理だなと感じて手をつけられなかったのです。ベルリンに留学し、ドイツ語やドイツの文化への理解が深まり、やっと挑戦しようと思えるようになりました」
アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノマスターコンクールでは、「音楽の力」を実感する瞬間が何度もあったと語る。
「2020年のコンクールはほとんど延期となり、2021年になってもまだ手探り状態でしたが、そんななかで先陣を切って開催されたコンクールでした。1次予選、2次予選のソロリサイタルはドイツの会場でライブ収録されたものがオンラインで審査され、ファイナリストに選ばれて、イスラエルに赴きました。様々な手続きや10日間の隔離生活など大変なこともありましたが、グランドファイナルでラフマニノフ『ピアノ協奏曲第3番』を、世界に冠たる名門オーケストラ、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団と演奏できるなんて本当に幸せでした。オーケストラのすべての奏者の演奏からインスパイアされ、一期一会の音楽を生み出すことができました。お客様の前で演奏するのも久しぶりで、胸が熱くなりました。
そして、コンクールの後のイスラエル各地での入賞者演奏会。イスラエルとパレスチナの紛争が激化し、エルサレムのコンサートに向かう途中、ずっと空襲警報のサイレンが鳴っていて、お客さんが来ないのでは?と入賞者3人で話していたんです。私たちも、演奏中に空襲警報が鳴ったらストップして防空壕に避難してくださいと言われていましたし。でも、演奏会が始まってみると満席!ミサイルが飛んでくるかもしれない状況のなかで、音楽を求めて、音楽に何かを期待してくださる方々がこんなにたくさんいるということに驚き、大きなパワーをいただきました。何度もカーテンコールが続き、演奏会って、奏者、聴衆、楽曲が相互に作用するパワースポットなんだなと思いました。なにか目には見えない力が満ちる場所なのかなと。今回のリサイタルには、そんな私の想いを込めています」
「私は、地道に時間をかけないと音楽をつくることができないタイプです。それでも、作曲家の魂の言葉を楽譜から読み取り、自分の音色で表現することは、何ものにも代え難い喜びです。イスラエルでの経験を糧に、国際的な視野を広げながら精進し、音楽の素晴らしさを世界中の人たちと共有できる演奏家を目指したいと思います」
桑原志織 ピアノ・リサイタル
日時:2022年3月30日(水)19:00開演(18:15開場)
会場:紀尾井ホール(東京都)
料金:一般 4,000円/学生 2,000円(税込・全席指定)
曲目:ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13『悲愴』、シューベルト/幻想曲ハ長調D760,op.15『さすらい人幻想曲』、ヴィトマン/11のフモレスケより、リスト/ピアノ・ソナタロ短調S.178
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文/ 森岡葉
photo/ 坂本ようこ
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tagged: ピアノ, インタビュー, ピアニスト, 桑原志織
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