Web音遊人(みゅーじん)

連載8[多様性とジャズ]ニューオーリンズ・ジャズは“歌わない”ことで白人社会に受け入れられた?

全米へと広がったニューオーリンズの音楽が“楽器演奏であって歌ではなかった点”について考察してみよう。

もちろん、ニューオーリンズの音楽が歌詞と意図的に切り離されて存在しなければならない理由は見当たらず、歌詞がない曲しか存在しないわけでもない。

奴隷としてアメリカ大陸へ連れてこられた黒人たちに、支配層である白人の言葉を話すことを禁じたという例は見受けられないし、頑なに出身地の言葉しか使用しないコミュニティが形成され続けたという記録もないようだ。

むしろ、黒人の高い適応力によって(差別はあったにしても)白人社会への進出が進み、19世紀のニューオーリンズでは、言語によるコミュニケーションを問題視される点はほとんどなかったと言えるだろう。

とはいえ、それぞれのコミュニティが分断されていた時代であったことから、特有の“訛り”が残っていたことも、本稿にとっては重要なポイントになる。

その“訛り”こそが、前稿でも取り上げたミンストレル・ショーを人気のエンタテインメントに押し上げた要因のひとつでもあったはずだ。

ジャズのルーツとされるニューオーリンズ・ジャズは、彼の地で行なわれていた儀式的な演奏形態、つまりパレードのブラスバンドの影響が大きい。なかでもニューオーリンズ独特の“ブラスバンドの演奏をともなった伝統的な葬儀のパレード”では、白人の儀式に倣った葬送歌や賛美歌も演奏され、そこに合唱があったことを当然とすれば、ニューオーリンズ・ジャズから歌を排除することの意味のなさは推して知るべしだろう。

しかしあえて、ニューオーリンズ・ジャズがそのブランド力を高めていくうえで、歌に頼らない方法を選んだと仮定して論考を進めてみたい。

というのも、黒人にとっての歌は、(ニューオーリンズ・ジャズとしてではなく)ゴスペルやブルースなどほかのジャンルのかたちで発展していったと考えられるからだ。

さらに付け加えれば、ゴスペルやブルースは民族音楽(フォーク・ミュージック)の一種として認識されていたのに対して、ニューオーリンズ・ジャズはより大衆性を帯びたエンタテインメントとして認められていたことが影響していたとも考えられる。

つまり、黒人訛りをダイレクトに感じてしまう歌唱(=言葉)を使わないことで、白人を相手にしたビジネスをやりやすくするという“戦略”だったのではないか──。

このことは、白人ミュージシャンがジャズ演奏を仕事にするケースでも優位に働くことになり、前稿で触れたトム・ブラウンのようなスターが登場することにもつながる。

実はボクは、こうした初期のジャズの“白人文化の模倣”は、本稿のテーマである多様性とは逆のベクトルを向いているものだと考えている。そして、そのベクトルを選んだからこそ、ジャズはアメリカを象徴する文化のひとつに数えられるまでに発展した。

だが、巨大化したからこそ、内包してきた要素は多岐にわたり、それはつまり多様性を語るに足る対象に違いないと思って、この論考を進めているわけなのだ。

さて次回は──ジャズがアメリカで熟していった1930年代から40年代にかけて2人のドイツ人が立ち上げたレコード会社を扱った映画を観たらおもしろかったので、関係のありそうな部分を拾ってみたい。

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:石川さゆりさん「誰もが“音遊人”であってほしいですし、音楽を自由に遊べる日々や生活環境であればいいなと思います」

6980views

音楽ライターの眼

国際的に活躍を続ける三浦文彰、ピアノ界の新星との共演/三浦文彰 モーツァルト:バイオリン・ソナタプロジェクト Vol.1

12591views

【楽器探訪 Another Take】演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

楽器探訪 Anothertake

演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

6130views

フルート

楽器のあれこれQ&A

初心者にもよくわかる!フルートの種類と選び方

21321views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7715views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

2313views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

11666views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5386views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

22415views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

7098views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8401views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

10829views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22454views

音楽ライターの眼

追悼:ギターの“緑神”ピーター・グリーンの人生を振り返る

8098views

オペラ劇場の音楽スタッフの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

舞台上の小さなボックスから指揮者や歌手に大きな安心を届ける/オペラ劇場の音楽スタッフの仕事(後編)

13594views

AOSABA

われら音遊人

われら音遊人:大所帯で人も音も自由、そこが面白い!

11536views

REVSTAR

楽器探訪 Anothertake

いまの時代に鳴るギターを目指し、音もデザインも進化したエレキギターREVSTAR

6351views

メニコン シアターAoi

ホール自慢を聞きましょう

五感で“みる”ことの素晴らしさを多くの方と共感したい/メニコン シアターAoi

2701views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

5906views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

2841views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6044views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9968views