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連載11[多様性とジャズ]1980年代におけるモダンジャズの“復権”が意味しているものとは?

既存の“体制”に対して投げかけた疑義が顕在化し、実行を伴った1960年代。それに対して、運動に対する制圧から生じた離脱や、無自覚な行動への“内省”によって、一気に沈静化へと向かったのが1970年代だった。

公民権運動と連動して活性化したジャズ(=モダンジャズ)もまた、こうした世の流れとともに往時の熱気を失ってしまったことは否めない。

1981年に第40代アメリカ合衆国大統領に就任したロナルド・レーガンによる2期8年は、景気とともに文化も沈静化してしまったアメリカの70年代を、一気に巻き返そうとする“保守反動の時代”だったとも言われているが、それはまたジャズにおける“保守反動”にもつながっていた。

しかし、70年代の“内省”を経た1980年代のジャズにおける“反動”では、60年代に見られたような、音楽そのものが政治運動となるような活動への共感は薄れたと言わざるをえない。

もちろんそれは、失敗事例をそのまま踏襲しても(時代が変わったからといって)うまくいくはずがないという賢明な判断が働いていたからだろうし、大衆音楽であるジャズが同時代性を捨てようとしない限り(つまり伝統音楽化しない限り)、同じことを繰り返さないのは当然と言えば当然なのだ。

そのうえで興味深いのが、ジャズが60年代にターゲットを絞って“復権”をはかろうとしたことだった。それはまるで、レーガン政権がキング牧師の誕生日を国の祝日にして(1983年制定)人種差別問題の解消に積極的であることをアピールしようとしたことと重なって見えるからだったりもする。

この“復権”に関しては、1980年に18歳で60年代モダンジャズの“象徴”のひとつであるアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズに参加、その後の“ニューオーリンズ・ジャズ原理主義”的な発言などで注目を浴びたウイントン・マルサリスの登場や、これまた60年代モダンジャズの“象徴”のひとつでありながら1979年から新規音源の制作活動を停止していたブルーノート・レーベルの復活を告げるイヴェント“ワン・ナイト・ウィズ・ブルーノート”の開催(1985年)およびアルバム制作の再開など、参照できる事象を挙げることができる。

しかし、こうした“復権”に絡んだムーヴメントを各論で取り上げることは、それが本稿のテーマである“多様性”とは相反する性格を有していると考えられるため、これ以上の言及はしない。

ただ、申し添えておきたいのは、60年代にはひとつにまとまろうとしたムーヴメントであったのに対し、80年代以降の“復権ムーヴメント”は多様化するジャズのヴァリエーションのひとつに収まった、と考えることが妥当ではないか、ということ──。

モダンジャズを再評価し、同時代的な音楽性をもたせるまでに展開できたことこそ、80年代以降のジャズが多様性を具現していた証拠になりえる、ということだ。

次回は、チャールス・ミンガスにスポットスポットを当てて、60年代から70年代にかけての政治的な活動とジャズにおける関係性の具体例を、多様性に照らし合わせて解説していきたい。

「多様性とジャズ」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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